愛と怒り、リスクと可能性

なんか「発信する」という作業って、一度やらなくなるととことん分からなくなるような…!
今日は気軽に書いてみるかな。
写真も色気もない記事ですが相変わらず。笑

ここ数ヶ月の変化の間に、自分のことがいくつか分かりました。何かとても重要なことが。
たとえば、私は何よりも「愛がある人」に惹かれるし、人間として最も大事なことはそれだと思っていること。
特に、「成熟した愛」の持ち主を好むようです。
成熟した愛っていうのは、一時的な、ギャーピー言う愛じゃなくて、その対象のことを深く愛し、じっくり取り組み、時にはその愛のために怒ることもでき、対象と自らをさまざまな角度から検証し、その愛の中で自らも人として学んでいく、というタイプ。そういう人には無条件の敬愛を感じます。
それは人相手でも、もの相手でも、一つの道が相手でも、同じです。

この価値観が、思い出す限り、小学生から変わっていないのは確かです。
中学生頃からはっきりとした「思想」が自らの中に芽生え始めたのですが、その頃から、愛情深い友達はとりわけ大事にしてきました。バカでも不良でも、愛情が深くかつ適切なタイプは分かります。人のケンカの仲裁のために、身を投げ出して止めに行くような子には無条件の愛を感じていました。中学校の時のその同級生と二十歳超えてから会った時、最近の彼氏との話を聞いたらまったく変わってなかったので笑ってしまったのはいい思い出です。笑
愛のある人は必ず人に恵まれるので、心配してません。

関係あるようなないようなですが、「怒り」というのは愛の深さを知るのに意外に大事なファクターだと、最近改めて気づきました。
適切に怒れる人、何かのために怒れる人というのは、意外と少ないんです。
自分の癇癪や、恐怖を隠すためにキレる人なら掃いて捨てるほどいますが、何か大切なもののために怒り、立ち上がる力に変えられる人は、それほどいないんです。
友人と会って、とある出来事について話していたとき、静かにそして確かに「私は、この現状に対して怒っている」と話してくれたその人を見て、何か、私も深く、感動しました。怒ってくれるんだ。怒ってもいいんだ…と。
もちろんそれは、誰かをヒステリックに批難することではありません。大人なので、もっとうまくやります。(笑)というか真正面切って、作品で勝負して勝つことで、その怒りに打ち勝つのです。
私が敬愛するのはこういう人達だなぁ、とその一端を再び見させてもらいました。しかも、一緒にものごとを行うことができるのが嬉しいです。

この価値観は、私にとって多分、一番大事なものです。
そういう、自分にとって一番大事だと思うものを、もっと意識したいと思いました。
大事なものは、言葉では言い表せません。
言い表せないということを知らない人は、愛の浅い人ですが、そういう人はごまんと居ます。
彼らにいちいち失望していたらキリがありません。
人間に期待してしまうのが、私のよいクセなのか悪いクセなのか分かりませんが
そんなことはともかく、自分の生き方を貫くだけだな、と思います。

人間には限りがあり、限界があります。できることは限られています。
私はこの限界に対して、この数ヶ月で折り合いをつけさせられたのだ、と思っています。
ずっとつけたかったのです。自分に自信がなくてつけられなかっただけなのです。それを今、つける時が来ただけのこと。
この限界を受けいれ、自分がやりたいことをやるために他のことを犠牲にしなくてはならないリスクを引き受けることで、1つしか取れないその人生の目的から、自分が手に入れるべき必要なものは全て与えられるのだから、自ら10を得ようとリスクを拒否するのはおかしいのです。言葉にすればこれだけのこと、でもこれを実際に覚悟するには随分かかりました。
リスクを取る、という言葉は、何かちょっと恐ろしいような印象があります。オラクルカードにもよく出てきますね。私もちょっと、恐ろしいな、と思ってきました。
でも実際に理解してみると、なーんだ、という感じでした。。
取るべきリスクを100%負うと決意すれば、複雑に絡まったように見えている糸は、いっぺんにほどけてしまう。
私が見出したのは、この方法でした。
生きていれば自然とそういうことも発生していきますから、どこかでほどかないとおかしくなる。
自らの原点に戻りました。

なので、ここんとこは再びワケの分からない書類地獄に放り込まれたり、永遠に終わらないのではと思えるもう何度も同じことをしてる不毛なやり取りをやらされたりしましたが、笑っていられました。私の敵はこいつらじゃないし、今目の前にあるように見えてる壁や困難はじつは私の困難ではない、と気づいたからです。これは、神さまが仮で私に渡した、単純作業のようなものです。それがどうなろうが、どうとでもなるように、神さまが作っておられるので、私は任せっきりでいて、ただ目の前にあることを一生懸命やっていればよいのです。
もう既に、いくつもの問題が起こりましたが、その度に恐ろしく奇跡的かつ非常に常識的な方法で、色々なことが解決していきました。私はただ、笑っていただけです。自分の責任ではないもので悩むのは、やめました。私の責任はただ一つ。全力で楽しんで絵を描き続け、人さまのお役に立つことです。それを材料にして、絵を描けばいいのです。

結論自体はシンプルでした。
私は今日も、絵を描いてて、生きていて、幸せ、ということです。



あっそういえば、例の歯の激痛ですが、あのアファメーションで3日でほぼ痛みが消え去り、今はつかれた時や体力が落ちた時に、寝る前にわずかに痛む程度になりました。今は右側が痛むんですが、その直前までは左側の治療した歯の神経が同じ状態になってて半年以上普通に神経染みてたので(神経抜いた歯なのに…!)、今回も長いのかも…。もっちょい元気出たら歯医者にも行きます。
かゆみはまた別のフェーズに移っていて、左くるぶしがひどく悪化してしまったかわりに全身のかゆみは収まるという…。いや駄目だろ…。。どうしたら。。てなってて、月末にホメオパシーの先生のとこに行くことになりました。漢方や鍼なども併用している先生だそうで、私のイメージしてた「総合医」の感じに近い予感がしたので、ずっと親友のかかりつけ医であるその人の診察をとにかく一度受けてみようと思いました。ヨーロッパに住んでいる以上、日本にいるときと同じ対処法では限界があると感じているのです。人生初ホメオパシーですが、ヨーロッパでの解決法はこれしかないのでは…と今予感しているところです。それまでは、引き続き自分と丁寧に向き合いつつ、悪化させないように努力しまする。

好きという気持ち。

ちょっと最近思うところがありまして。
私が思う「カードリーディングができる人」というのは、いろんなカードが使えることでも、知識があることでもありません。「そのカードを好きで、言ってることを理解したいという気持ちがあるかどうか」です。その気持ちでカードを使い続ければ、いずれ分かります。それをリーディングに用いられるかどうか、つまりクライアントに使えるかどうかは、その人が言語化の努力を怠らなかったかどうかであって、怠っていれば分かりやすくメッセージを届けるリーディングはできませんし、常に努力して磨いていけば、どんどんその能力は向上します。
なので、多くの方が誤解しがちなのかもしれないんですが、基本的に「リーディングできてるか」と「言語化能力を人のために使えるレベルに磨くかどうか」は別の話なのです。

カードが好きだから毎日引いてて、またこのカードが出た!どうしてだろう?分かるようで分からない、大切なことを言ってくれている気がするのに、どうして!?もどかしい!!というハートのドキドキから動機があるのなら、必ずきっと、そのカードとちゃんと仲良くなって、リーディングが(言語化は別だけど、リーディング自体は)ちゃんと出来るようになります。
ところが、もし知りたいという気持ちが、例えば「自分が理解できないものがあることに納得できない」といったような知識欲が勝っているものならば、分かっても意味ないと思います、というか「分かる」日が来ることはないと思います。その人の動機に、切迫感がないからです。ハート的に、必要に迫られていないからです。
切迫感とは、どうしても好きな人のことが知りたい!という、あの気持ちです。恋い焦がれるような感じとでも言いましょうか。。好きなもの、好きなことを前にしたら、自然と強く湧いてきて止まらない、最強のエネルギーのことです。
そもそも「分かる」というのは、感情の問題です。ハートの問題なんです。感情が理解しない限り、つまり本当に心がそれに対して開かれない限り、なにごとも身につきません。それと、とりあえず万遍なくぜんぶ分かりたい!というのは「感情的」であり、実感も愛情も伴っていません。理知欲だけで何かを手に入れようとしても、絶対に人間の手には入りません。ハートがドキドキして、好きでたまらなくて、どうしても知りたい!と思わなければ、そしてその気持ちを持ってリスクを受け入れ、犠牲を払って努力しなくては、手に入らないです。
ただし、その気持ちを持って続ければ、継続していけば、常にそのことを目指していれば、手に入ります。それは「絶対手に入る」と言ってはいけないのかもしれないけど、神さまが人間にその人の手には負えない課題は与えないことを考えれば、大体の場合はできるはずです。妥当なものだからです。

だから、気持ちを。ハートのドキドキを。感情の強さを。愛情の深さを。
それを一番に大事にしてほしいし、しなくてはだめなんです。

私が「この人はちゃんとリーディングできてるなぁ」と思う人とは、たくさんのカードを器用に使いこなす人ではないです。だってそんなの、必要ないんです。お仕事にするにも、実はいろんなカードなど必要ないです。(私がたまたま数が増えただけです。)
できてるなぁと思う人は、自分がいちばん大切にして、大事に、またほんとに気軽に、毎日使ってお話して、いっぱい仲良しになっているカードデッキが一つ、必ずある人です。
そもそも生涯に、いくつものカードはそんなに必要ないはずです。ドリーンの初期のカードなどならば、一生に一つだけあれば充分というほど、非常にバランス良く過不足なく完全に作られています。ですから問題はそれを、本当に愛して、自分自身の人生のスピリチュアルなお友達として、同僚として、パートナーとして、使えているかどうかです。

また、例えば私個人で言うと、私が20数種類のカードを使えているのは、その一つ一つにめちゃくちゃドキドキしてるからです。好きで、愛情を感じるからです。面白くて、たのしくて、実際にコトバやイメージと一緒に暮らして、とても楽しいからです。好きだからなんです。お仕事に使えるスキルだからという気持ちで磨ける種類のものではないんじゃないかな…、私はそうです。だから、いいカードはもちろん手持ち以外にもたくさんあるけれど、簡単に手を出しません。好きだ、私の人生に一緒に参加してほしい、と思ったタイミングでお迎えに行きます。

だから、たくさんのカードを既に買ってしまった人でも、まずは自分にとって核になるカードを見つけてください。
自分の気持に素直になれば、きっと見えてくるはずです。
見えてこないなら、分かるまで使わなくていいです。
何ヶ月も経って突然、あのカードが呼んでいる!と感じるぐらい、その絵が浮かんで離れなかったりしてから使い始めたら、うわあこれだ!ってなるとか。そういうことも、よくあると思います。
そうやって、自分とカードを大事にしてほしいんです。

逆に、一つのカードしか持ってないけど、ずっと好きで使ってる!という人は、自信を持ってたのしく続けていってください。
人生は器用さではないです。
あなたが愛を感じるものを持っていることこそが、素晴らしいことだからです。
もしカードをクライアントのためにやりたくなっても、きっとできます。あなたにとっての霊的な真実を、あなたの大好きなカードを通して、たのしくシェアしていってください。

何をするにも、同じですよね。

どうか、忘れないでください。


限定解除!

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長らくお休み頂きました。
体力がやっと戻ってきました。。!
本業が変わらず多忙かつ、今年はしっかりと本業に注力すると決めまして、しかしカードのことにも関わりたい気持ちも変わらず強くありますので、とりあえず様子見で「一ヶ月3件まで」という枠を自分で決めて活動しようと思いました。
フルタイムでオープンは当分難しそうなので、一ヶ月3件が埋まったら次の月に(ご都合が大丈夫でしたら)ご予約を回させていただく、という形でやってみたいと思います。

・受付するメニューは、WHR総合診療、カードリーディングセッション、単発エーテリアル、オラクルカード講座・土台編と応用編です。(現在アップしてるメニューのうち、カード講座の分類学以外の全て)※メールリーディングは知り合いの方以外だと負担が大きいので、エーテリアル+3枚引きのメニューは現在取り下げております。

・受付時間は15時〜24時、日程はご希望の日時を第三希望ぐらいまでお知らせいただけたら助かります。応相談なのでとりあえずでご相談ください。
カレンダーの方には、受付できない日だけを私は掲示しています。このブログのトップとWHRサイトのトップでご予約状況の掲示をしておきます。

・めにゅーのえらびかた
そのうちにHPをめちゃくちゃ簡略化しようと思ってるんですけど(ペラ1で終わるレベルに)、とりあえず今の私のメニューの選び方を言っておくと
 ◯カード慣れしてる人で、聞きたいことが決まってる人はカードリーディングセッション
 ◯何か聞いてみたいけど特に何をってのが浮かばない人は、思い切って総合診療
 ◯慣れてる人で、定期チェック&スピリチュアルコンサルタイムしたい人は総合診療
 ◯とりまヒーリング受けたいわーって方はエーテリアル単発
 ◯カード自分で使えるようになりたいけど何からやったらいいかっていう方、今一度基礎固めガッチリしたい方、基礎固めたらあとは一生自分でやれるやろ?と思ってる方(正解)はオラクルカード講座
です!

以上になります。
また是非よろしくお願いします!
お待ちしております✨

VS罪悪感

2017.04.25 22:22|for my Spirit
自己改革レポート編つづき。でーす
今更ですが、最近はカードの話もろくに出てこないカードブログですいませんなんですけども、カードは占い道具で終らせるものじゃないという私の生き方に基づき、カードやスピリチュアルを通すことの実体験を書くのも、自分のひとつの役割かなと勝手に思ってますので、自分の体験の話が続いていますが、興味のある方はお付き合いください。


歯の痛みが相変わらずすごくて、ここ三週間ばかり、少しリラックスした瞬間や就寝前など、神経が緩んだ瞬間に右側の歯というか顎ごとというか、がすごい神経痛に襲われて、痛くて痛くて涙がでるほど痛くて。
虫歯じゃないんですよ。。虫歯の時の痛み方じゃないので。というのを前の記事でもちょっと書きましたが、とにかくこの痛みに悩まされてました。というか、完治はしてないのでまだ現在進行形です。

あまりにも痛いので、バイブルである『ライフヒーリング』を開いてみたら、
ありとあらゆる痛みは罪悪感に起因する
と書かれていました。
罪には罰がつきもの、罰せられると痛むもの。慢性的な痛みの場合、その原因は多くの場合奥底に埋もれたまま忘れられているが、罪悪感というものはまったく必要ないものだから、身を任せて開放すること、自分が刑務所から出ることだ、と書いてありました。はい、私の得意技、刑務所入りが、ここで出ていたわけですよ。
一方、かれこれ2年半ほど続いている左足首の皮膚の炎症問題も最近悪化していました。皮膚はといえば「何らかの形で個性が脅かされているように感じるから」「外から威圧されているように感じている」とあり、治す一番の近道は「自分の存在を認める」と心のなかで言いながら自分を高めること、と書かれていました。自分を変える力を取り戻せ、と。

これを読んでから夜ベッドに入ると、またあの激しい痛みが襲ってきました。
そしてさっき読んだ言葉を思い出しました。
罪悪感?
未だに?
私が何を悪いことをしたっていうの?
未熟なところがあり、間違いだって冒すかもしれないけど、間違いがなければ人間は学習できず、良くもなれない。それをいちいち罪悪感なんか溜め込んで縮こまったって何にもならないってこれだけ分かっていて、それでもまだ罪悪感をわたしは持っているの!?こんな激痛とまで引き換えに!?
と思ったら、なんかもう、猛烈にムカついてきました。自分に!!
いやもうマジで、いい加減にして!!!!と。
もう充分苦しんだでしょ。苦しみはもう要らない、そうじゃないものを得なくては駄目だ、と切実に感じている今、これが体の症状として浮上してきたのは当然なのかもしれません。
それでもうとにかく、痛みをご丁寧に抱え込んでる自分に対してめちゃくちゃムカついて、自分に向かって思いっきり宣言しました。
『私はなんっにも悪いことなんかしていない!!今まで自分自身の真実に基づいて精一杯生きてきたし、これからもそうしていく!私の中には罪悪感なんか存在しません!私は悪いことなんか何一つしていない!!!!!!』と。
その瞬間、激痛が、スッ。と引きました。
でも、体さんが毒出ししてくれてる反応です。溜め込まれた罪悪感はすぐ出てきます。ややするとまた出て来る激痛。
その度に
「わたしの中に罪悪感など金輪際存在しない!私は何も悪いことなどしていない!!今までもこれからも精一杯生きてる!!!!」と激痛のさなか、心のなかで叫んでは、痛みが引いて、また襲ってきて…を何度か繰り返しました。同時にラファエルさんにも手伝ってもらいました。
罪悪感が消えても痛みや皮膚のかゆみがあったので、今度は「私は自分の存在を認めます」と言い聞かせました。
私はわたしという存在全てを認可します、許可します、許し、認めます、と言い聞かせ続けました。

このコンビネーションが必要なようです。
この後、久しぶりに朝まで痛みで目覚めることなく眠れました。


翌日、日中も痛みが時折襲ってくるのが日常になりつつあったのが、わずかな違和感以外は襲ってきませんでした。
が、やはり就寝時です。痛い。激痛。ギリギリと歯茎を絞られるかのような激痛。
またか、性懲りもなく!まだ罪悪感とやらを抱えこみやがったか!いいだろう、日中にも罪悪感が発生するってんなら、毎晩毎晩徹底的に、とことんまで消し去ってやる!!
と、もう癒しなんだか説教なんだか分からないレベルで(笑)
猛烈にやりました。
私は、自分を認めるってことがすごく難しいんです。妥協できないし、自分に高いレベルを求めるし、そこそことかまあまあとかならやらない方がマシって思ってしまう。一生そうだと思います。
だけど、芸術上の表現物に対してそうなのはいいんですが、自分という存在自体にはむしろ逆に全肯定をしてやらなくては、この基盤は成り立たない。そのことに、この激痛が気づかせてくれているんだ、と分かったからこそです。
それにしても痛い。まぁ痛い。
その日もまた、徹底的に罪悪感をすべて追放し、自分を認める、と自分に言ってあげるコンビネーションでいきました。
罪悪感とやらを追放した後、今度は自分で自分の肩をぽんぽんとたたき、私は私を認めるわ。と言ってあげると、なんだか自分がすごくかわいい存在なのだ、と感覚で分かることができました。すべての人や動物や生き物や、生きてないものすら、ほんとうに可愛い愛すべき存在なのだと、そこに自分も同じレベルで入れることができました。あれ、すごいや、こんなの初めてやな…と思いながら、いつのまにか眠りに落ち、また翌朝までぐっすり眠れました。


その翌日。日中も痛みは薄めで、痛みの強まる夜もまぁそこそこぐらいのレベル、寝る前も涙の出るような激痛ではなくなりましたが、それでも痛いものは痛いので、2つのステップを繰り返しました。
明かりを消して、自分の肩や喉元あたりをポンポンしてると、指先から自己の存在が伝わってきて、ぬいぐるみを抱えてる時のように「かわいい〜☆」という声が出ます。なんでしょう、この現象。(笑)すんごいです!自分を抱きしめるとかより全然効果あると思います。犬や猫を撫でてるときと同等のかわいさですよ。エンジェルカード2のYVONNEですよ!
なんか、言葉の外にある幸せとか、生きてるって素晴らしい、みたいな感覚がわーっと伝わってきて全身に広がるので、寝づらいことがなくなりました。寝付けない時って興奮とか不安とかじゃないですか。あれの逆の状態…。
これまた、すとんと寝ることができました。


この取り組み、実はまだ三日目です。。!
しかし、三週間毎日、日中も就寝前も就寝中も悩まされた激痛が、ここまで引いてきたのは、確かな効果を感じています。
これはしばらく続けないといけません。もちろん、この痛みには可及的速やかに出ていっていただく所存です。痛みなんか要らない!と宣言し続けます。

ちなみに年間リーディングにおける今年の私の最大のテーマは「許し」です。今まで自分に本当には許可できなかった、成功や喜びを受け取ること、罪悪感の全てを根底から手放すこと、過去でなく未来に向かって進むことなど、全てにおいてこれがテーマになる一年だと感じていますが、「自己の存在まるごとを認める」「一生懸命生きた結果の過ちや罪悪感、疑いなどは全て洗い流し許す作業を毎晩行う」は日課として行いたいと思います。

もうこうなると理屈じゃないんだよね。しみじみ。
もうさ、そろそろ、楽しく生きたいんだよね。。。やってらんないんだ、もう。ほんと。

楽しく生きたい。。生きる!

スピリチュアル応用小ネタ。

スピリチュアル能力をあらぬ方向に使う小ネタ2つ。

その1 第三の目能力を使ってゲームをする
スマホゲーム的なものを少し嗜んでいるのですが、その際に運の要素が絡んできますね。
例えばガチャ回すとかもそうだし、分岐点でどっちを選ぶかで勝利か敗北かの分かれ道だったり。
そんな時!
私は第三の目を使ってしまいます。()

・ガチャ(ちなみに無課金か、無(理のない範囲での)課金者)
「何か出そう」な時は分かるので、とりあえずリスクの低い回し方で一発回します。
一発ででかいの来たらそこで終了したほうがよかです。多分それ以上は出ない。
逆に、すっごい欲しいキャラがいて、あああどうしても欲しい!てなり、きっと出る!出る!!とそこはいくら念力を使おうとも、第三の目的に「出る気しないな…今日は多分どうやっても出ないね…」て予感がある時は、出ません。
出る時は、「何か分かんないけどこれは出るわ。」てすんなり分かります。そのイメージがない時は何連回そうが出ないので、あきらめましょう。
・ある程度天使とお話しし慣れてる方なら
天使とかハイアーセルフとか、いつもお話してる人に「出るかな?」と聞いてみてください。
「あ、出ないね」「今日はないね」とか、すぐ答えが来るので、分かります。
全く予想してないけどいいのが出る、みたいな時は「なんか出るからお楽しみに〜♪」みたいな感じだったり、いろいろですが、出るなら出るで教えてくれます。
- これは厳密には第三の目とは言い切れない感じだと思いますが、ま、どれでもいいでしょ。←
私の中であまり区別してないんですよね。

・勝利か敗北かの分かれ道のとき
これは完全に第三の目でやるやつです。
私はとーらぶさんやってるんですけど、索敵失敗して6つの選択肢があるとき、例えば演練が最近厳しいので、ほんとに選択肢間違えると敗北だらけで日課が回収できない…(分かる人にしか分からない例えですみません)
というわけで、これは完全に第三の目使います。笑
索敵失敗して、6つの四角が並ぶ選択画面に出たとき、いったん目をつぶります。
で、額の中に浮かぶその画面を第三の眼で見て、「答えはどれ?」と尋ねて、画面をよく「見」ます。
そうすると、勝てる選択肢がぶわっと大きくなって浮かび上がったり、他の四角がざーっと薄くなってったり、勝てるとこが即効で光ったりとかします。
それを選ぶと勝てる、という寸法。
うまく集中できない時は、なんかこれか!?と気になったのを押したら「形勢不利」になる陣形だったりとかして「あ、選んじゃ駄目なやつ分かっちゃったのか…」てこともありますが、まぁゲームなので…( ;´∀`)いいっしょ。。てことで。

余談ですがとーらぶさんの場合、ずっと探してたレア刀が落ちる時も大体、なぜか脳裏のスクリーンにぽっとそいつの絵が浮かんで、あれ、なんで浮かんでんだろ?て思うと目の前の画面からそいつが出てくる、みたいなことが多いです。逆にこれも、いくら周回しても出るイメージが全くない時は、やはり落ちないですね…。「今行ったら、何かが落ちる気がする」みたいな時は、出ますね。
M正鍛刀の時は完全に出ないと第三の目で分かってましたが、どうしても欲しくて資材尽きるまで鍛刀したんですけど、やはり出ませんでしたね…。つらい…諦めきれない時は辛いですね。(笑)その後、イベント報酬で無事入手したよ。(いらぬ報告)


その2 体の不調
先月末に首をやってから、なんかまだ完全に回復できていなくて、寝る前や休憩時など、緊張が解けた時にふっと痛みが出てくる症状で、歯というか顎というか?がずんずん痛くなる、という神経痛的な症状が出てます。右肩の痛みも取れていなくて、疲れたりすると歯がすっごい、痛くなる。これはもう、酷い。。そうなると、収まるまでご飯も食べれないし眠れない。かといって恐らく虫歯ではないんです。虫歯と痛み方が違うんで…元気になったらもちろんチェック行ったほうがいいですが。
体の冷えの症状の一端なのはわかっていて、とにかく漢方や何やでケアはしているのですが長期戦になっており、それはともかく眠れないのが辛い。痛すぎて。。ここ3週間ぐらい、ずっと寝る前が地獄。
どうしたらいいのやらと、昨晩また痛くて眠れず、今ずっと毎日引いてるラファエルカードが「Give us your cares」だったのをなんとなく思い出し、ラファエルさん、ととっさに呼んだら来てくれました。そして「掃除機かけましょうか?」と言ってくれました。エンジェルセラピーオラクルカードの「Vacuum Away Fear」です。
お願いします!と言ったら、ラファエルさんが速攻で、じゃやりますねといって掃除機をかけ始め、「おーいお許しが出たぞー♪」といってニヤニヤしながら(ラファエルさんにはめずらしい表情w)ミカエルさんを呼び、ミカエルさんはいつもどおりニヤニヤして(彼は私を完全にからかうw)来て、いつもはミカエルさん先導のところをラファエルさん先導で、ガンガン掃除機かけてくれました。
で。すごいの。
右側の該当箇所に掃除機をかけた途端に、あれほどギンギンに痛んでいた右側顎・歯・肩の神経が、ズバン!と緩み、痛みが一気に消え去りました!えっすごい!
えっすっすごいすごい!て驚く私に、そうでしょ〜そうでしょ〜と言いながらいつもの5倍ぐらいの手際と強度で掃除機をかけていくラファエルさん。えっ待って、わたしセラピーオラクルの手順見てなんとなくミカエルさん主導でやってたけど、ラファエルさんのが速いのでは…?て思うほどの手際でした。ミカエルさんの時はじっくりやってもらうので、途中で眠くなって寝落ちしたりもしてたんですけど、ラファエルさんめっさ速い!!あっという間に全身終わりました。
痛くなくなったのですぐ眠ることができて、夜中に少し疼きだしてぼんやり目が覚めても、ラファエルさんにぱっと掃除機をかけてもらうとスッと収まって、また眠ることができました。うえ〜〜いすごいぜこれ…。

もちろん、今後もこのまま抑えきれるものではない、一時的な措置なので、なんとか直すようにはしていきますが、とにかくラファエルさんはもっとこまめに呼んで聞いてみようと思った出来事でした。


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グーグルさんがおしゃれにしてくれた写真。

| 2017.05 |
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Yukiko(WHR)

Author:Yukiko(WHR)
誠心リーディングの会(WHR)を立ち上げ、オラクルカードリーディングセッションやティーチングセッション、オラクルカードリーディング基礎講座、エーテリアルクリスタルヒーリングを提供しています。
もう一足のわらじはイラストレーター&画家。チェコ在住。

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