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モルちゃんのこと

2019.03.04 23:37|日記。
このままいくと写真とか溜まりすぎて爆発する気がするので、放出しておくことにする。
この度、先月8日にモルモットくんを1匹譲り受けまして、うちで飼い始めたのです。
うちに慣れて落ち着くまで三週間かかったんですが、ようやく慣れてきたみたいで、抱っこしたりすることもできるようになり。。
一安心と共に、生活や考え方にもさまざまな影響を受けています。

まずは、写真!もるちゃん!
本名モル助、愛称モルちゃん。(そのまんまやないか)(そうなんです)貰い先の長女ちゃんのネーミングをそのまま引き継ぎました。だって、かわいいじゃん…モル助…めっちゃいいじゃん。。好き。
というわけではい、写真。どどん。

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天使かな?

かわいい以外にコメントが見つからない。毎日かわいい。なんかもう今おっきくなった気がするなぁ。。一応まだ、うちに来た時点で生後4ヶ月ぐらい?で、今5ヶ月か…?
いや本当、モルモットってどういう動物か何一つ知らなかった私が今、なぜか、モルモットと一緒に暮らしています。
不思議…。。


○貰い受けることになるまでの流れ。

「何か生き物を飼いたい。自分以外の生きているものを家にお迎えしたい」というのが私の昨年夏からの切なる願いでした。理由は、「一人だけの時間」すぎる毎日、が不健全だと感じた…みたいな感じです。
性格上、フラットシェアとか絶対無理で一人暮らしじゃなきゃダメなんですけど、かといってあまりにも100%全部自分だけの時間というのもなんだか、発展性もエネルギーもない。これはよろしくない…という実感が徐々に強まってきまして。
で、人間じゃない方がいいので、動物。笑

当初は飼うなら大好きな猫がいいかなと思い、あちこちに本気で相談して、実際に本当に飼えるのかを詰めていったんです。が、今の家は家具付きで借りており、猫はそりゃもうさ…やっぱり家具はどうしたって引っ掻いちゃうじゃないですか。もちろんその子の性格やしつけにもよるでしょうけど、100%の保証はないわけで。というか、その覚悟がないなら飼ってもお互い幸せになれないですし…。これは現実的ではないということで、辛かったのですが一旦、諦めたのです。仕方ない、今の自分の生活条件に合わないのだから諦めよう…と。なので、夢の猫との生活はいつか引っ越した時へと先延ばしとなりました。
猫が飼いたいと思っている期間に書いてゴッドボックスに入れてあったお願い事の紙も処分し、この願い自体を初期状態に戻しました。完全に手放してリセットしたのです。


で、その直後。
全く思いがけず、やってきたのです。全く予期せぬ動物が。

………(ここで写真を載せようと思ったが可愛さのあまり理性を失うので先に事情を説明することにした飼い主)

最近できたお友達が三児のママさんでして、長女ちゃん責任監修のもとモルモットを飼育しているのですが、メス2匹を買ってきたはずが性別が判明してみたらオスとメス1匹ずつであり、あっという間に妊娠したそうで。このままでは子供が増え続けてしまうため、止むを得ずオスの方を手放すことにしたので飼ってくれる人を探していたところだったそうです。で、そのタイミングでなぜかひょっこりわたしが初めて、そのお宅に遊びに行ったんですね。そしたら、挨拶に来てくれた長女ちゃんが「モルちゃん見る?」て言うから「モルちゃんて??」つったら、お友達が「モルモットよ!……ねえゆきこちゃん、モルモットとかどう!?!?!」て突然言い出して、何がですか!?ていうかモルモットが何だかも定かではないんですけどちょっと見に行っ…………かわいい〜〜〜〜〜!!!!!!てなったんですよ。。。
第一印象;思ったより大きい!(※ハムスターとモルモットの区別すらよく知らなかった)ウサギとネズミの中間ぐらい…?あまり小さい動物だと踏みそうで不安だったので(挙動が粗雑である自覚が大いにあるため)、このぐらい大きいならちょうどいいなぁ…!しかもケージも大きすぎない。ウサギだとけっこう面積とるけど、モルなら一人暮らしのフラットにケージ全然置ける規模…。餌代とかケアの仕方も聞いたけど、私にでもできそう。。え、今のわたしの条件で生き物と暮らす、これ以上ない条件の子なのでは‥、とすぐに直感しました。
ただ、モルモットを飼う、というのはまったく想定していなかったため、少し考えさせてもらうことに一応して。抱っこした時にめちゃくちゃブルブルしてたのも気になって、帰ってから調べたらやっぱり怖がってたらしい、とか。(笑)繊細な生き物なのね…と思いつつ、2〜3日彼が来るイメージになるかどうか試していたら、ある時ふと、彼が家にいる生活が「予感」としてビジョンでふっとやって来て、すんなり馴染んでいたので、ああ、あの子はうちに来るんだ…。と思ったんですよね。もし彼が来たくなければ、このイメージにならないと思って様子を見てたので。うん、大丈夫そう。。
しかも、たまたま…なのか必然なのかその頃、家の中の断捨離を決行している真っ最中だったんです。で、どんどん物を処分していったら、自分でもちょっとびっくりするぐらいスペースが空きまして。あら、ずいぶんぽっかり空いたじゃない、いいね…と思ってたらお友達から電話がかかってきて、モルちゃん、ほんとにもらってほしいんだけど、ゆきこちゃんどう…?て言われて。その瞬間に、あぁそういえば今掃除したらすっごいスペース空いたんですよ、だからうちにモルちゃんのケージ、置ける……置け……えっ、お、置けます!ええ!!!てなって。。。(笑)そのために掃除してたわけじゃないんですが、結果的に彼の居場所を用意したことに…!なりまして。。
それで、よし、それじゃあ。。といよいよ覚悟を固め、モルモットの飼い方を調べたり、ケージや床材、ペレット、水飲みボトルなど、およそ必要と思われるものを一気に買い揃え。。お迎えしに行きました。
おうちで大切にしていたモルちゃんを長女ちゃんから引き渡してもらい、1時間ほど皆でまったり遊んで、長女ちゃんに「いつでもうちに遊びに来ていいからね。いつでもモルちゃんに会いに来てね」と伝えたら、うん、と目を見て頷いていて。
今でもモルちゃんの写真を送ってあげたり、モルちゃんもう抱っこしてあげてねとアドバイスをもらったりしています。(笑)


よし。一通り説明したから、写真を載せよう。

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かわいいがすぎるのでは?


ハァ、ハァ、ハァ………すみません、取り乱しまして、、、

いやこれ最近の写真でして、すんごいくつろいでくれるようになったんですよ。
来たばかりの頃は、隠れ家から決して出ようとせず、ケージの掃除のために外に出すと必死で逃げ回り、影に隠れ、抱っこしてもブルブルと震えるばかり…。臆病な生き物とはいえ、ここまで?。。と思いもしました。まぁ、ずいぶん戸惑いました。自分が大雑把な性格だったし、猫ぐらいのデカさの生物を当初想定していたせいか、彼の生態や行動の仕方に戸惑いも大きかった気がします。(お友達に聞いたら、この子は特別大人しくていい子だそうで、曰く「大和撫子」だと。(笑)決して自分から主張しない…。。w)
三週間経った今、彼もやっと慣れたみたいで、掃除のためにモルハウスを取り上げても全く動じなくなりました。というかDIYショップで買ってきた木のおうちがめっちゃ居心地いいみたいで、床材のウッドチップや干し草をいっぱい持ち込んで快適そうに住んでいます。よかったねモルちゃん…。。まぁ週一で掃除するけどな飼い主。臭い対策でな…。でもなんか最近は食べる以外にも干し草を自分で床にいっぱい落として敷いたりしてるので、なんか、カスタマイズを始めたみたい。いいぞ…楽しめ楽しめ。。

そして、抱っこは抱き上げる時は相変わらずびくついているものの、なでなでしてるとうっとりと目を閉じてプゥプゥ言うようになりました。

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クッソ可愛い…………天使かな??????

あと、見てください…なが〜いまつげがピョンって生えてるの…。真っ黒…かわいいな…うん…かわいい…

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うわぁ………かわいさおかしい

だめだ、定期的におじさんが出て来てしまう…私の中のモルちゃん過激派が………あかん……


そんなわけで理性が保たないので、モルちゃんが来てからいろんなことを考えたり感じたりした話はまた次回に書きます!
アデュー!!

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「おやすみ。」くったりモルちゃん



PS フランス語もがんばてるよ!!めっちゃ楽しい……!

2019

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明けましておめでとうございます!

昨年中もブログをご覧いただき、またたくさんの方にご縁をいただき、本当にありがとうございました。あったかくて楽しくて、そのしみじみとした深い幸福感がどんどん深まり世界は加速して、私は孤独ではないのだ、愛に囲まれているのだという事実を理解させてもらえた、本当にありがたい一年となりました。また、その期待に応えたい、応え続けていきたい、という気持ちを確固たるものにさせてもらいました。
今年はさらに色々と新しいアイディアを実現して活動形態を増やしていこうと思っています。すでに多くのプランが始動を開始しております。うごうごうご。
具体的に言うと、どんどん外に出ようと思います。それと、プラハ現地での活動を本格的に開始しようと思います。いろいろ模索中ですが、とりあえずは「スピリチュアルカフェ」をやることにしました。。いや〜楽しみです…!英語でやるので、英語圏の人達にどんどん繋がっていきたいなと思っています。
日本メニューも変わらず続けていきますし、イベントなどにも参加できたらなぁと。また、WHRとして(職業人会ではなく)の私でない方主導での場も考えています。それに伴って新たにお知らせすることがちょこちょこ出てきそうです!
また面白そうなのがあったら是非顔出していただけたら嬉しいですー。
皆さんに自分からどんどん会いに行く、そういう年にするつもりです。
よろしくお願いします♡

個人的には、妹のとある発言に堪忍袋の尾がブチリと切れ、相当波乱の年明けでした。(笑)
人間の成長だとか、価値観の相違とか、家族とかってことをまぁ再びあれこれと考えさせられました…が、むしろ迷いがどんどん吹っ切れていきます。どんどん楽しく強くなっていく気がします。
逆に言うと、うちの家族の半分が精神的にこう…よく言えば優しい、悪く言えば弱々しいところがあるもので、どこか無意識にそれに合わせようとして合わせられなくて居心地悪かったのかもなぁと思いました。今となってはその迷いは既に不要なもの。私は自分の道を行くだけです。応援してくれている両親の愛と実力を目の当たりにし、それぞれに全く違う形で全力でそうしてくれていることを理解して、またまた尊敬した新年でしたから、私にとっては全く悪くないものでした。

今見ている目標を見据え続け、行動し続け、今年はさらにくっきりはっきりと、人の前に姿を現わす。そういう風になっていくと思います。
恐れずに。

今年も皆さんにとっての幸せや充実、健康と真実が共にありますように。
それを認識しそれを生き抜くためのお手伝いが、今年もできますように。
💐

『ねえね、嫉妬って何?』

と、ある日、友達が笑いながら聞いてきた。
あっけらかんと明るい彼女。嫉妬という感情が全く理解できない…と。
私にも理解できないので「うーん、基本的には、自分がその人がそれを手に入れるためにした努力を全てできるわけじゃないのに(場合によってはしてもいないししてみようと思ったことすらないのに)、その人の持っているその結果だけを見て羨ましい〜なんで自分は手に入れられないのって思ってる状態じゃないかと解釈しているのだが」
「やなんかでもさー、例えば私がものすごく欲しい50万のコートがあるとしてさー、誰かがそれを着てたとするじゃん。でさー、私がすることなんて、『え〜〜〜素敵〜〜〜!うらやましい〜〜!え、ちょっと触らせて〜〜!え、ちょっとだけ着させて〜〜〜!は〜〜〜満足、ありがと』なんだけど。」
「そうだよね。(笑)自分が手に入れるかどうかとは全く別の問題だもんね。」
「そう〜〜。嫉妬って何?だって自分が努力して自分で手に入れたそれと誰かが持ってるそれってもう別物じゃない?何が欲しいの?」
「いや本当にそうだよね?」
て、話になった。

結論。我らの場合、マジで本当に欲しかったら、自分のやり方で自分が手に入れるための具体的手段を講じて努力して手に入れるし、ムリだなとかこれは私の本当の目標じゃないなと思ったらその場で放棄して本当に自分のためのものを手に入れることを考える。
ので、?それ以上の感覚がない。

ね。
嫉妬って、何?
結局わかんなくて、二人してゲラゲラ笑ってた。
私たちには、難しい話題だったようだ。

Cloudy. Nothing. Nothing?

2018.11.25 17:18|日記。
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チェコの冬は、毎日グレーの空。青空の日は、ぐんと気温が下がる。北海道に似てる気候。
東京生まれ東京育ちだったから、関東の冬は毎日晴れ。だから、こっちに来た時、曇りの日は「天気がよくない」、晴れの日が「天気が良い」だと思ってた。
でも実際暮らしてみると、それは逆である。
曇りの日は、気温があまり下がらず、風も強く吹かないので、とても過ごしやすい。比較的穏やかで暖かく、「よい天気」だと言える。
逆に晴れの日は、もちろん美しい一面の青空はスカッとするし、たくさんの太陽の光は気分がいいが、その代わりに北風が吹き遊び、気温はぐっとマイナスへと下り、かなり厳しい一日となる。「あまり好ましくない天気」と言えよう。
まぁ、一日中吹雪の日とどちらがいいのかと言われたら…、お好みで選ばれるとよい。どのみち、人間に天気は選べない。雪が吹きすさんでいても用事があれば外に出なくてはならないし、防寒すれば死ぬことはない。

冬の青空ひとつ取っても、「当たり前」「常識」なんて、180°変わる。
人の人生のうちでも、良い悪いなんて、昨日と明日でひっくり返ってしまう。
そんな中で、地に足つけて生きていくのなら。
変化を楽しみながら、自分自身の使命をまっすぐに見据えて、いつも自分に正直で素直でいて、実直に努力して、人と誠実かつ楽しむ気持ちで関わりあうことではないのかと。
そんな基本のキこそ、一番難しいが、毎日上達するチャンスを全ての人に与えられているのだ、と思ったりする昨今。

次の場所へのプロセス

いろいろ話しそびれてるので、興味ないかもしれませんが例の今の自分のプロセスを書きます。
あの、あれですよね。フランス行くって決めた話してないですよね。……してませんね、多分。

なんか夏から、これは書いた?なんか人生激動期の友達と頻繁に会ってる間に、お互いにものすごい速度でどがんどがん変化していって、とはいえ私はまだ別に何か大きく物事が変わるわけじゃないし、なぁ〜。とか言ってた9月初旬頃、突然、「なぜ私は今までこの国で画家としての活動を一切しなかったのか?」て、思って。
て、思った瞬間に「この国はデザインはレベル高いけど、ペインティングのレベルが本当に低いので、全くモチベーションを抱くことができなかったから」という答えは瞬時に出て来て。「じゃあ、どこならやる気出るの?どこでだったら、玉砕覚悟で、それでも自分の美学をぶつけて試そう、挑戦しようって思えるの?」と自問自答したら、これも即座に答えが出たんです。「フランス」。って。
簡単じゃないだとか、難しいことに目を向ければ、それはいくらでも出て来ます。枚挙に遑がないとはまさにこのことでしょうね。でも、それじゃダメなんです。それをしてても人生は動かない。私は、自分の美学が必ずいつもフランスに結びついていたことを思い出して、それを信じてみることに決めたんです。

でね。
昔から私が抱えてた地味な悩みが「フランス語の音がすごく嫌い」…だったんです。
文学も好き、映画も好き、美術はもちろんこの世で一番好きで…。いろんな国や時代の絵がバーッと並んだ展示で、あっこの絵だけいいな、これだよ、これが芸術ってものなのだよ、と20分ぐらい穴があくほど一枚の絵だけを見つめて、やっとキャプションを見たら国名のとこに「フランス」って書いてある……なんていうことばっかりだった私の人生。好きな画家、圧倒的にフランスが多いんです。現代美術を初めて心から素敵だと思えたのも、パリで一人で美術館巡りしてた時でした。好きな画材も、これいいな〜、もうこのメーカーさえあればいいよ、て思ってパッて見たらフランス製、とか、ザラです。もちろん、音楽も、食べ物も、バレエも、オペラも…。これまた枚挙に遑がありません。
そう。それなのに。
なぜか私はフランス語が嫌いだった。
旅行でパリに行き、ホテルに着いてテレビをつけたら、音が気持ち悪くて30秒で消してしまった、というぐらい嫌いで。
なんでなんだろうか…。でもこの薄暗いような気持ちは、恐らく過去生に根ざしているというのは分かってたんですけど、なんか…掘ってはいけない泉を掘り返してしまうような…そんな気がして、怖くて触れない部分だったのです。

なんですけど。フランスに行く、と決めてしまったから。フランス人がどれほど英語を喋りたがらないか、フランス語をしゃべるだけでどれほど外国というものが掌を返すか、私は知っているので…。フランス語を、やるしかない。マジで読めないフランス語を。何度聞いてもさっぱり覚えられないアイツを。どうにも嫌悪感を拭えない、アイツを。やらねばならない。
……………。どうしたもんか。この気持ちの理由はやっぱり、思い出さねばならぬ。

というわけでですよ。
職業人会で透香さんに、その話をしてたんです。ついでに、全くの別件の話もしてて、とある友人についての悩みで。「無邪気な人間が正直どうしても許せない。その無邪気さが時に人を残虐に殺すことがのだと、あいつらは知らないのだ。私はただの悲観主義者ではなく、その危険性を言ってるだけなんだ…」という話をしてたんですよ。そしたら、透香さんが「あ、その話とフランス語嫌いの話、繋がってますね」と。……おぉ、さすが本職だよ…。本職はいうことが違うね……って茶化すのはともかく…、言われてみたら私の中で妙にすとんと「あっ、ほんとだ」て符合した感覚があり。そこからちょっと、掘り下げてみたんです、二人して。けっこうさらっとすごい情報出てきちゃって、びっくり。でも納得。

で結論から言うと、魔女狩りを目の当たりにして人類に全く希望を抱けなくなった晩年、という生涯を送った、教会関係者…というか、教会直属の、教会専門の建築家の男性。の時の過去生が、あまりにも自分の中で重すぎて、辛すぎて、思い出すことすらも封じていた模様。(思い出したとき、あまりのヘビーさに言葉を失ってたら「ごめんなぁ、思い出させるのも申し訳ないなと思ってたからなぁ…」て謝られました。。)
この建築家ってのがまた面白くて、すんなり記憶が出てきたんですが、教会を新しく建てる要請を受けてその土地に出向くと、まずばーっと土地を全部見て歩いてエネルギーやメッセージを理解し、この場所にこの向きでこういう高さでこういうデザインのを立てろ、石の材質はこういうのがいいからこっから取り寄せろ、画家と彫刻家はこのあたりがいいだろう頼め、あ絶対ここに出入り口つけろな、こっから神様入ってきて通るから。みたいなことを言ってジャジャジャッと建築図書いて、じゃっまた見にくるから。て現場の人間に任せてまた次の場所へ仕事に行く、ていう人。面白いでしょ。(笑)チャネラーと建築と美術を全部同時にやってたんですよ。…今と同じでしょ?(笑)同じなんです。。でその時は建築、だったんです。「この場所にこういう向きでこういうのを建てろ」っていう。もちろん全ての計画は神がどう言ってるかを聞き、受け取って、形にしていました。やっぱり世界各地、どの土地にも「霊脈」「龍脈」みたいなものがあるので、でもあまり一般に言って簡単に理解してはもらえない事項なので、表向きは「本能でわかる」ぐらいの感じにしといて、実は完全に神託でやっていました。すごい有機的ですね。あと、今と同じです…。わたし、旅行に行って神社や教会を見るのが大好きなんですけど、ちょっと見方が変なんですよ。いつも「いやーそうそう、ここなんだよ、この場所ね!で、こうきて、こうね!そう!」って、なんというかこう、「その土地に対するこの神社の立ち方」みたいなのをいつも見ちゃうんですよ。あまりにも普通にそれしか見てないからなんでかなと思ったこともなかったんですけど、この過去生見てから、いつも旅行に一緒に行く母にこの話したら「あ、そういえばあんたいっつもそういうこと言ってるわよね。不思議なこと言うなーと思ってたのよ」ですって。うん。だよね。。
あと、全くの余談なんですけど当時珍しくないのかむしろ珍しいのかよく分からないんですけど、ゲイで、パートナーは男性でした。そいつ今もフランスにいるらしいので、探し当てないといけないんですけどね…。まったくね。ははは。待ってろちくしょう…。

あと、今書いてて気づいたんですけど、この話を書き始めるとまとめるの大変だから書くのサボってたら、今になっちまったんでしょうね。(案の…定…)


あー。そいで、魔女狩りなんですけど。
あの時代はですね。ひどい時代でした。いわゆる「普通の人たち」が、神という正義の名の下に、好き放題、人間が信じることのできない神性や未知を持つ人々を、笑いながら殺していった時代だったからです。
私が守ろうとしてきたその人たちが、そうするようになったことが、最初は理解できなくて。理解して次にもちろん、それを出来うる限り止めようとしました。教会の上の方にもなんとかできないのかとどれだけ努力したか分かりません。でも、できなかった。あれは時代のうねりでした。人間の最底辺の倫理と下品が膨れ上がり、愚かな人々が「でも、愚かな私たちだからこそ、神様は愛してくださるんでしょう。そう教会で言ってるじゃありませんか」と言いながら、市井にひっそりと暮らしているだけの、直感や自然の中の神性と暮らす、今で言えばスピリチュアルな人たちや繊細なただの一般の女性たちを、面白半分に血祭りにあげていったのです。
私がやっていた仕事を理解してくれたのは、むしろ後者の人たちでした。そうした繊細で、感受性の強い、優しい人たちが、己が愚かさと狭量さを一切受け入れられない人間たちに、ことごとく殺されていきました。戦争なんかよりよっぽど残虐だった。戦争はまだ平等です。この時代、人間がどれだけ救いようのない生物であるか、私は刻み付けられてしまった。
時代の流れで、あれはやらないといけなかったのはもちろん分かってます。常に神と対話してきた私なので、どうにもならなかったことぐらい、当時だって分かってました。もし神はいないなどと言えたら、どんなに楽だったか。神をもってしても、噴き出さなければならない愚かさがあるということが、本当に辛かった。目の前でここまでされて、なぜ私はそれでも、人のためにしか生きられないのか?人間がどれほど愚かで救う価値のない生物か、今、この目で見ているのに。

そんなわけであの時代、人間の愚かさが絶望的だというただの事実を、刻み付けられてしまい、その時に使用してた言語がたまたまフランス語だったから、嫌いになってしまっただけだったのです。とりわけ、汚いフランス語が。(そういえば、ホテルで30秒で消したテレビは、若者が複数人でベラベラ喋っている三文芝居のドラマでした。)

ある種の人々には理解されないと思うのですが、私はいつの人生も、人のことばっかり考えて人のためになることばかりする人間です。これはもう、性根なので、治らないのです。フランス各地を飛び回って教会建築に尽力したのだって、地元の人々の拠り所となる神聖な場所を確実に作り上げ、神を心の拠り所として持ってほしかったから。それによって人が安定することができるのも、知っていたから。私は私の仕事にいつも誇りを持っていました。地元の人たちとよく話をして、その上で下すべき決断は下し、根気強く話し合い、最善を尽くしてきました。それもこれも、市井の人々のため、それだけです。教会の権力者たちは苦手でしたけど、自分を自由に動けるようにしてくれた上司(ちなみに母方のじいちゃんでした。笑)が助けてくれたりうまく根回しして応援してくれたりと、私としては上手にやっていました。そんな中で、このどうにもならない、そしてすべての人間の中にある愚かさの極致が人を無残に殺していく、17世紀にもなって人間はまったくアクァっていない!そんな現状を見て、考え直さざるを得なかった。本当に「人のためになる」とは、一体何なのか?自分を置き去りにすることではないのはとっくに分かっていたので、この時代の私は最大限、人生を謳歌していました。で、それでも、さらに考え直さざるを得ない。と確信した結果が、今回の私の人生につながっています。そこから生まれた私の揺るぎない一つの信条が、すなわち「芸術」だったのです。
この過去生のことをクリアに思い出した同時期、「芸術は人類への奉仕であって、自己顕示欲や自己実現のためではない」という言葉に出会い、あ、私が思っていたことは真実だった。と確信しました。私にしてみたら、スピリチュアルの仕事って、自分の欲でやってるんです。わがままというか。私が個人的なリベンジがしたくてやってる仕事。なぜならあの時代、魔女狩りに遭った人たちは、正しい教育をすることで救えたはずだった。でも、できなかった。だから今生、そのリベンジで、魂と人生に関することを教える仕事をしてたりするんです。これも、私の中ではとても大事だったので、今に至ります。
そして実は芸術こそが、本当の奉仕なんです。つまり、芸術は「この世界は美しい」という讃歌でしかないから、なんです。無私の奉仕は、芸術の方なんです。

これで、私の中で、全てが符合しました。私が感じていたことは、すべて根拠のあることだった。
人間の愚かさに絶望して、それでも絶望という選択肢はないという私の深い確信が、この人生という確信へつながったのです。

と、いうわけで!
善は急げということで。フランス語を10月から、習い始めました。もう、アルファベットすら読めない段階だったので、いつもなら個人の先生を探すのですが、もうこれは…学校行った方が絶対早いよ…。。と思ったので…。
正直大変なんですけど(前世が文盲とは言わないけどあまり読めてなくて喋る専門だったみたいなので、今の「文字を読めるようになりながら喋れるようになる」という主義と合致しないんですよね…。昔の私に聞いても「なんとなくだ!なんと!なく!」と脳筋な発言をされるので参考にならない…w)、週二回、コツコツ通って、ううっ…て言いながら、頑張ってるところです。少しずつ分かってくるのは楽しくて、今は本当、幸せ。あんなに好きじゃないと思ってたフランス語の音も、思い込みが取れてスッキリしたら、まるで歌みたい、本当にきれいだなぁ…と感じてます。全然違いますね…!
そして本業の方も、心強い友人に力になってもらって公式インスタを始動させたり、進出のための具体的な手段のための準備を少しずつ着実に、始めたところです。
あ、絵とか興味ある人いらっしたら、インスタ見てみてね。@yukikotaimaです!名刺がわりのポートフォリオ。これからちょこちょこ絵を入れたり入れ替えたりして動かしていきます。

まー、そうやって「自分の人生をこれから本当に生きる」とやっと決心することができて、実際に動き始め、そのためにとフランス語の学校に行き始めた、その瞬間って感じですよね。チェコに引っ越して早6年、一切なかった出会いがあるっていう。なんだよ。早いんだか遅いんだか分かんないよ。。彼氏いなかった歴含めるとそれはまぁもうすごい長さなんですけどね…。とりあえず、相手もマイペースっぽいので、ちょこちょこ会ってのんびりデートを楽しんでます。ワイン飲んで喋って帰るだけ、みたいな感じなんですけど。(笑)
ただあまりにもこういうことがずっとなかったので感覚が分かんなくて、最初はけっこう…動揺しました…。。今は「とりあえずマイペースに楽しめばいいか」てなったんですけど、ちょっと動揺したよね…。自分の中にある思い込みみたいなのを今一度リセットするのにちょっと苦労した。。(まだしてる。笑)デートする相手もいなかったこの長すぎる年月って何???ていう速度だったけども、まぁこうなるだろうことは分かってた…。はぁ…(?)

というわけで、コメントとかでみんなの恋愛話とかも聞かせてね!まってるぜ!🖐(あらぬ方向でのシメ)
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Yukiko (WHR)

Author:Yukiko (WHR)
誠心リーディングの会(WHR)主催。
オラクルカードリーディングセッション、ホリスティックヒーリングセッション、オラクルカード講座、オラクルxライフコーチング、オラクルカード同好会企画(WHR Membership)、エーテリアルクリスタルヒーリング、WHR職業人会で活動中。活動歴10年。
本職は絵描き(web) 、チェコ在住。

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