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オラクルカードはレベルや次元を下げられない。

2018.06.23 21:56|オラクルカード哲学
ここのところご縁あって、タロット占いをしているご友人を持つ方の講座をしたり、タロットの勉強からスピ的なものに入って今うちのコーチングを受けている方などと話す機会が多く、どれほどタロットとオラクルが違うかという話によくなりまして、細部が見えてきました。

私自身、タロットでも本当にトップレベルの方、人間的にきちんとした人物であれば、オラクルカードと同じぐらいの高い次元でリーディングができることは、以前どこかで見かけた内容で承知しています。
がその、一般的にタロット占いをしてる方の話ですと、「タロットは、占いを受ける人が執着が強かったり波動が低かったりすると、カードもそれに合わせた内容になる」というのが常識だそうです。ちょっと言語化が難しいんですが、伝わるでしょうか。
で、オラクルも同じだろうとその方は考えているそうで、それを聞いて疑問に思った講座受講者さんが「オラクルは根本的にまったく違うと感じたんですが、どうでしょうか?」とわたしに聞いてくださったので、「はい、違うと思います」と答えました。

オラクルカードは、天の存在たちが、一切次元レベルを下げることなく、高い場所にいるままで、そこからアドバイスをくれたり、愛や光を示してくれたりします。
それを全く理解できない!という場合は、実はそれを読んでいる私たちの次元が低すぎるのであって、カードが間違ってるわけでも不明瞭なわけでもありません。
実際オラクルカードで自分を鍛え直した私としては、初期にフンワリしてつかみどころのなかったカードたちが、どんどん明瞭さを増し、はっきりものを言い始めたのは、私の心がオープンになり、自分が卑屈さや執着丸出しの思考などをしなくなっていったからであることは間違いありません。
つまり、オラクルカードを理解するには、天の人たちがレベルを下げてくれることは100%ありえませんので、私たちがレベルを上げるしかないんです。自分たちが、最高の、至高善の自分としてしっかりと意識を引き上げ、決して卑屈になることなく、尊大になることなく、きちっと高いレベルにアラインして、ハイアーセルフの意識レベルになれる程度に自分を教育していくしかないのです。私たちが次元を上げるしかないんです。

これが、恐れや呪術も視野に入れているものをベースとしたタロットとの根底からの違いだと思います。

さらにいうと、次元を上げなくてはならないため、オラクルカードの方が「事故」が起こりづらいです。
タロットですと、例えば自信を喪失した状態で占いを受ければ、その人の今までを全否定するような最悪の結果が容易に生まれます。よほどの人物でなければ、タロット占いを真にポジティブなアドバイスを得て自ら思考する人生にするために生かすよう適切に読むことは、非常に難しいと言えます。タロットをやる人口のうちの0.1%もいないかもしれません。
ところがオラクルカードは、オラクルカード自体の次元が高いため、このネガティブ事故が非常に起こりづらいのです。
オラクルカードをまったく理解していないとしても、これを使う人はなるべく「良く」読もうと自然と努力しますし、その読みが全く支離滅裂で説明に書いてもいない希望的観測に沿ったものだったとしても、そのリーディングによって絶望したり、自らを否定されたような気分になる人はほとんどいないはずです(エセ占い師が故意に悪用しない限りは。残念ですがこうした人はどんなツールを使おうが同じ行動を取ります)。
そういう意味で、次元が高いが故に理解されづらい部分もありますが、理解されなくてもいいよ。とも思います。理解したいな…このカードが大好きだから、という気持ちで接していれば、いつか分かるようになるのです。なぜなら、スピリチュアリティは勉強や知識量ではなく、「人生経験」が全てだからです。自己理解とスピリチュアリティが結びついてくればくるほど、オラクルカードの納得度は跳ね上がります。

やっぱり私は、オラクルカードが好きです。
「真実」が、それ自体のレベルを決して下げてはならないという意味では、これは芸術と一緒だと思うからです。
つまり、私の信じるものと、一緒なのですねぇ…。
下のレベルに合わせると、真実は真実である価値と輝きを失い、人々は「降りてきてくれた」という仮の喜びと引き換えに、真の目標を見失う。やはり、下げるわけにはいかないのです。真実は、真実のままでいるべきなのです。

クセのある強い個性も、どんな境遇も、包み込み、認め、共に成長を促すオラクルカード。
やっぱり、私は信頼しています。

🌙
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オラクルカードを使って、善悪という概念を消す方法。

2018.05.03 23:34|オラクルカード哲学
百害あって一利なしなのが、善悪を決めつける判断方法です。
どれかを善とすれば、どれかは悪になります。すべてを善ということは、この地球上において、物理的に不可能だからです。
正義の味方というのは、言い換えればだれかを見捨てていることになってしまうわけで。だから正義はなく、悪もない。
また、繊細で敏感になってくればくるほど、一言でも悪い言葉を発したり、誰かや自分を悪と決めつけた瞬間に、とてつもなく苦しい気持ちになります。善というのも、違和感のある発想方法です。誰かの権利だけを主張することに、真の解決の糸口はあるのでしょうか。

じゃあ、世の中をどう捉えたらいいんだ、と。お思いでしょう。良いことをして生きたいのに、そのどちらもないのなら、どう判断すればいいのだと。

その答えになるかは分かりませんが、オラクルカードでよくある過去・現在・未来の三枚引きを、自分が日々つけているオラクルカード定点観測のマンスリーとして用い始めたあたりから、私の世界からは善悪で物事を判断したり決めつけるという思考法が、どんどん消え去っていきました。
コーチングでもこの三枚引きをマンスリーに勧めていて、同様の効果が出てるかは知らないのですが、少なくとも私は気づいたらそうなっていました。
その原因として考えられるのが、マンスリーを三枚引きにしたことだったのでは、と。今日土台編をお教えしていて、はたと思い当たったのです。

三枚引きは極限までシンプルな形です。
マンスリーとして用いるとすれば、先月、今月、来月となります。
さらにいうと、先月までにあなたが学んだことを踏まえて、今月はそこでの学びを基盤としてさらにステップアップしてこの学びを行う。それを順当に学んでいけば、来月はこうした展開や、こうしたことを学ぶ段階に入るであろう。
という読み方をします。
普通、リーディングで用いると、未来の位置によさげなカードとか、つるっとうまくいきそうなカードが出れば「良い未来」、ちょっとタイミングを待ってみようとか、努力続行とか出ると「悪い未来」と勝手に決めつけますよね。(そういう方が圧倒的に多いです。)そう感じてしまうのも無理のないことでしょう。私も初期はそのように思っていました。
ですが、オラクルカードの真価はその読み方では一切発揮されていません。
マンスリーに三枚引きを使い、さらにオラクルカードを用いることでの効能は、いざ、その「悪い未来」だと思っていたカードの学びを生きる1ヶ月を過ごしてみると、自分が予想していたような浅はかなことは一切起こらず、そればかりか、この学びのおかげで必要なことを手にいれることができた、と実感できることです。

人間の予想というものがどれほど浅はかで断定的で配慮がないものか、私はカードにはよく教えられました。しかも、暖かい感触で、決して私の浅はかさを否定せずに辛抱強く根気強く、ただ真実を示すというだけで教えてくれたのがオラクルカードです。
人間は、良くも悪くも目先のことしか分かりません。目先の利益や損得に囚われて、勝手に失望したり自信をなくしたり、まぁ〜〜勝手なものです。こんな生物をよく神様は平等に愛してくださるものだと、本当に感心してしまうほどです。。ですが、それでいいのです。だからこそ、良いのです。一つ一つ学んでゆく私たちを、神様は最高に祝福してくださるからです。
そして、マンスリーで使うと起こるのが、目先の良い悪いやラッキー・アンラッキーなんて、なんと些末なことなのか、人生とはなんと大きなスケールで動いていることか。と、続ければ続けるほどに実感させられることです。
少なくとも、私はそうでした。

私は自分でカードを引き始め、いつのまにか記録をつけ始めてから、もうそろそろ10年が経とうとしています。
最初の頃はカードの名前だけを記録していました。
そして徐々に、長文の日記を書かなくなるのと入れ替わるかのように、その日出たカード・その日の出来事・体調・総合した振り返り、をエクセルにつけていくようになりました。
データとして見てみると、天からのアドバイスの精妙さに、本当に唸ってしまうことが多いです。
人生とはなんというスケールで動いているのか、という感覚も、どういうわけだか、エクセルで記録をつけ始めてから感じるようになってきました。
ノートにつけてる頃は、ここまで壮大な感覚はなかったです。たまたまなのか、偶然じゃないのかは分からないのですが…。
その中でも、マンスリーのカードが連綿と続いていく様子は、私に「人生は多面体であり、連綿と続くプロセスであり、死ぬ瞬間まで私たちは進化し学ぶのだ」という確信を得させました。
例えば、今月引いたマンスリーで出た「来月」のカードは、次の月にマンスリーを引くと「今月」の位置のはず、です。(分かりますか?)そこに、先月出たのとバッチリ同じカードが出て、あっやっぱり今月これなのね、と納得することも何度も経験しました。または、1ヶ月を乗り切って次の月のマンスリーを引いたとき、「先月」の位置に出たカードを見て「あぁ、あの1ヶ月の濃い〜〜〜学びをこの一言に凝縮させるのか!なんと見事な…!!」と感嘆させられることもしばしばでした。カードが変われば言い換えられてるような感じなのですが、それはもう見事に、私が得た実感を言語化し、絵でも伝えてくるのです。「すごいな!!!」と、毎回感心してしまいます。濃い〜〜〜ぃ1ヶ月を過ごした後は特に。
そうすると、自分が思っていたそのカードへの浅はかな思い込みというのは、自然と霧散していくのです。「未来なんて、体験もせずに分かるものではないんだ」と解るのです。そして、偽物ではないほんものの生きる実力を得る=人として成長していくには、インスタントじゃない結果、自分のエゴを満たすためだけじゃない価値観、揺らがない軸、長期的なスパンで自分自身を見守り育てることや慈しみ、忍耐力、創造力がついていくのです。

だから、長期的にカードを引いてみてほしいのです。
1ヶ月や2ヶ月でギブアップしてしまっては、どうにも本質が身につきません。
サボりながらでいいので、長〜〜く、マイペースで続ける方を選んでください。
それから、引くことと抜書きだけして振り返らないのが一番もったいないです。眺めてるだけなのとほとんど変わりません。自らの実際の生活がどうだったかとカードを結びつける作業をしなくては、人生にカードが入っていきません。人生に入ってきていないカードをどのように使おうとも、上滑りの、フェイクになってしまいます。
もう騙されないぞと決めてる方。うわべのうまくいってることなんて何の意味もないと悟ってる方。本質を求めている方は、必ず、振り返りをするようにしましょう。その努力には10倍の結果がついてきます。「あなたが神に一歩近づけば、神はあなたに10歩近く」です。

🌙

全体主義と個人主義、相対評価と絶対評価

2018.02.12 22:22|オラクルカード哲学
全体主義、個人主義、相対評価、絶対評価。この4つの概念は、当然ながら全てバラバラの個々の概念です。
しかし、人は無意識のうちに、これらをごっちゃにして暮らしています。
このごっちゃごちゃが、例えばオラクルカードのメッセージに触れた時などに、「???」となったり、誤解の元となることが多いですが、ここは健全に正確に捉えなくてはなりません。

ヨーロッパに引っ越して6年目。
今明確に分かったアジア人とヨーロッパ人の根本的な違いは、全体主義社会であることと、個人主義社会であることです。
主義といっても、もう人間自体のエネルギーがそうなっているので、変更のしようがないんです。

日本〜東南アジアぐらいまでの人間には、最初から「全ては一体のものである」という感覚が備わっています。個人個人が明確にはっきりと分離しておらず、ごちゃっとして、エネルギーが容易に混ざりやすいのです。その分違和感が少なく、馴染みやすかったり、上下とか善悪とかの概念すらも、一つの「大いなるもの」の中に含まれるものである、といった感覚があります。(これは宗教や哲学ではなく、「肌感覚」としてDNA自体が持っているものの話です)
ですから社会は当然、そうした形成をします。多くの人数がせせこましい地域にひしめいて暮らしていられるのはそのせいでもあります。気候が比較的温暖で暮らしやすいので人が増え、譲り合っていった結果そうなったとも言えますし、体格も小柄でマイルド、エネルギーもそうです。そして「渾然一体」の感覚が常にどこかにあります。
こうした社会の中では、「個人性」を強く保つことは意外に難しいこととなります。どこかで必然的に、個人を犠牲にするのが当然、全体でなんとなく意思を決めようその方が全体の幸せにつながるだろう、といった方向に行きます。その方が安心でき、動きやすいからです。

かたや、ヨーロッパ。個人主義とは何ぞや、という話ですが、まず「個人個人が完璧に絶対的に違う個体である」ということを、全員が承知しています。エネルギーはまったく混ざりにくく、ちょっとやそっと接触したぐらいではエネルギーがごっちゃになることがないので、スキンシップが激しいのはおそらくそのためです。個人個人を隔てる防御壁が生まれつき厚いので、逆に言えば個人個人の精神的安全は保たれやすく、何をしようが全てその個人の責任となるため、「赤信号を皆で渡れば怖くない」という発想は非常に生まれにくいです。(地域差や政治的バックグラウンドでも詳細は変わってきますが、基本的にという話です。また、いざ大人数での動きとなると、突然アジア人以上に結集して戦に向かう面もあります。)基本的には、赤信号を渡るリスクを背負うかどうかの判断能力や解決能力は全てその人個人によるものなので、常に「自分にとって、これはどうであるか」という認識があります。0と1は全く違う存在です。白と黒はグレーになりません。わかると分からないが存在し、その中間の存在はかなり曖昧です。曖昧なら曖昧で「曖昧である」という状態がはっきりしてる、といった具合です。


私は基本的に生まれた時から個人主義で、他人からの評価よりは自分がどう思うかの方が大事でしたし、他人の意見は聞くけれど参考意見であって自分のではない、という、わりとはっきりした人間でした。なので、ヨーロッパに来てからの方が正直、落ち着いています。普通に自分が自分でいられる、という感じです。
ですが、そんな私が日本で生まれ育ったことが大事で、そんな私が日本人であることが肝要だとも強く感じています。そうでなければならなかったとすら思います。本当にこの運命には感謝しています。
なぜなら、両方を知った上で、このことを言えるからです。

日本が全体主義であることは、素敵なことです。(日本がというよりアジア全般ですが)
そして、全体主義であることと、個人主義を成立させることは本来、矛盾しないはずなのです。
なぜなら、個人が一個人としての自覚をしっかり持ち、自分の人生は自分のものだと理解して生き、選択し、生命を輝かせて生きることと、お互いの違いを思いやり、現在とる方向性は今のベストの妥協案でいく、という全体主義の動かし方は平和を生みますし、この二つは普通に両立可能なはずなのです。
今の日本人の状態にちょっと疑問を抱くのは、このベースがガタガタになっているこの時代だからこそ、です。
全体主義の名の下に、突然理想論を語り出したり、かといって「個」というものがあまりにも全体主義で語られる「社会」と切り離されすぎていて、その位置関係の健全な認識すら不可能なまま暮らしている人が多い気がします。全体主義であることを相対評価として「世間様が許さないから」と言ったり、人間が下すのなんてたいていの場合は完全な個人の思い込み、いわば絶対評価であるにも関わらず(つまり健全な相対評価を下せる人の絶対数が未だ少ない)、それを「社会はこうだから」とまるで代弁者のように振舞ったり、それを真に受けたりすることの繰り返しがなくならないのです。言う側も言われる側も、同じ誤解をしたままだから、ごっちゃになるのです。
こうして基本的に、あなたはあなただものね、と許容する素地が少ないのです。
これは相当なストレスです。一人ひとりが違うことを、これでは逆に受け入れることができません。ですから、自分が人と違うと感じたとき、それをプラスに受け取ることが難しい繊細な人が必ずいるのは、当たり前のことなのです。その人がネガティブだからではありません。なんでも都合よく受け取れる人のようには無神経になれない、というだけなのです。


詭弁を弄する人間に騙されないでください。彼らは自己弁護をしているだけです。
健全な社会は作れます。個人主義と全体主義は必ず両立できます。もしそれができたとき、それはとてつもないアドバンテージになります。
全体主義は、肌感覚です。逆に言えば、それを生まれ持っているアジア人の私たちの幸福感がそこへ到達するのは、ヨーロッパの人たちよりも容易かもしれないのです。(これは海外の瞑想CDなどを聞いていると比較的よく聞くフレーズでもあります)
今こそ、個人主義であることと、個を成立させるが故に真の全体主義の実行が可能であることを理解するべき時代が来たと思います。
オラクルカードに触れている人は、そこのスイッチをポチッと押されたようなものです。
あなたにとって、それはどうなのか。
他人にとってではなく、自分はどう思っているのか。
自分はどうしたいのか。
その上で、それをしたら、周囲の人たちへの祝福にもなり得るのか否か。
やりたいと思ったら、素直にやる。何かを学んだら、また試す。自分の人生を、生きてください。
その過程で常に、カードなどを活用し、天使や自分のハイアーセルフを交えての「自分内三者面談」を続けて、それを確立しようとしてみてください。
偽の全体主義から一度解き放たれたら、ずいぶんと楽になります。
人生は自分が選択して変えていけると知るだけで、周囲にあった全ての偽物のメッキが剥がれ、一切の価値を感じなくなります。
それまで、マイナスのエネルギーのコードをカットし続け、浄化をし、自らを知り、自らを旅するのです。
生きることの本物の価値を感じるために、オラクルカードは使えるのです。


今年もよろしくお願いしまーす。( ´ ∀ ` )(急に緩くなる)

🌙

逆らうのススメ。

2017.11.17 22:45|オラクルカード哲学
先日、講座をやっていて、とある質問をいただきました。それは
「デイリーを引いてて、振り返っても意味がわからなかった時が多いんですが、どうすればいいですか?」
というものでした。

分からないと一口に言っても色々なパターンがあるので、例えばどういう時ですか?とお聞きしてみたところ、
「例えば、休みを取りなさいというカードが出て、そうした方がいいのかな?と思って、なるべくのんびりしたり、好きなことをしたりしてその日はゆっくり過ごしたんですけど、いざその日を振り返る時に、じゃあ休んだからどうだったのかっていうのが分からないから、振り返りが書けないんです…」とのことでした。

実はコーチングでもこういった生徒さんはおられたので、こんなようなことを、恐らくわりと多くの方が経験されてるのだろうな、と感じました。つまり
「カードに出たからその通りにしてみたけど、そのおかげで何がどう良かったのかが分からなかった」という感じです。
もしくは「カードのおかげで○◯だった、と発見したことを書きたいけど、特に思い当たらない」という感じ。


まず言いたいんですけども
「カードのおかげで人生が向上しました!」みたいな日記を、なぜ目指すのか?が私には分からない。少なくとも私はそんな意味でデイリーを勧めた覚えはないんですよね、おかしい…。

その日が良かったとか悪かったとか、カードのおかげで助かったとか、そんなまとめをしようとしてるのが、なんかそもそもちょっとズレてるのです。んんん、そういうことじゃない。少なくとも、カード本格的に始めて間もない人にそんなことは全く望んでない。。無理ですもん。時間がかかるものですし…。
それにそんなことをするのなら、せっかく「自立した」人生のため・「自分の足で歩き自分で決断する」人生のためにオラクルカードがあるっつってんのに、カードに判断を委ねてることになるじゃないですか。それじゃ全くもって本末転倒じゃありませんか。。そうじゃないんですよね…。

あと、何でか分からないけど‥と言うんだったら、じゃあなぜ素直にカードの言うこと聞いたの?って思うんですよね。
私なら、納得いかないことなんて聞かないし、聞かないで好きなようにしたからこそ物の道理が分かったとか、天使の言いたかった意味がわかったってことならたくさんあるから、そうやって身につけてきました。分からないんだったら一旦無視して過ごして、後でその妥当性を検証して(その検証のために記録つけてみてねって言ってるのがデイリーの意味なので……)、もし長期的に見てそれでも分からなければ分かる人に聞けばいいし…。なんで納得すらいってないのにやろうとしたの、ってとこでちょっとびっくりしてます。みんな、いい子か。いい子なのか。
えーい!
いい子なんてやめてしまえ!!!!!!!

というわけで、そんなマジメちゃんなあなたにおすすめなのが今日ご紹介する特効薬!
「カードにあえて逆らう」
です!!!!!

カードに書かれた今日のメッセージに納得いかない時、なんで?て思った時、今日はそういう気分じゃない!とか、そんなの絶対無理だ!と思った時に、あえてカードと逆のことをしてみるんです。
面白いぞー。わくわく。
というわけで、やってみましょう。


例えば。
絶好の機会が今日突然訪れたので、私の今日をシェアしましょう。

今日、私が今デイリーで引いてる大天使ラファエルカードは「カフェインフリー!」でした。
つまり、コーヒーの類を減らして化学物質を減らせ、みたいなことです。(他にも有用な別の種類のことも書いてありますので、持ってる人はしっかり読んでください)
とりあえず文字どおりに読めば、コーヒーの回数減らしたほうがいいよ、ですよね。

ところがご存知わたくし、反逆児の血を持った女。そしてコーヒーが大好きな女。
正直、いやだよね。減らしたくないしね。
ましてや今日、天気すごい悪くて気圧のせいで全く頭が回らないのにチェコ語のレッスンで、朝カフェラテ飲んだから…と思ってレッスン中はチャイラテにしたら案の定見事に頭回らなかったんでちょっと後悔したぐらいで、なんかもう、なんならもっと飲んでやればよかった!と思ったんですよ。なにがカフェインフリーだ、逆じゃないか!と。
なので夜、あまり食欲なかったのですが、スーパーで売り始めててウキウキで買ってきたベビーみかんを4個ほど立て続けに食べた後、仕上げにカフェラテを飲んだんですよ。
そしたらね。
はい、胃が弱い人、ここでピンときたでしょうか。
そうです。
胃が痛くなってきました。。。。。。
OH....SHIT......
そうです、恐らくですが今日のラファエルカードが私にカフェインフリーと言ったのは
「あの、自覚してないかもしれないけど、胃弱ってるからね、胃を直撃するもん摂らないようにね………」
ということだったんですね………。
うん………全然自覚なかった………。

んで胃が痛くなってから、そういえば、と気がついた。
最近ちょっと食欲ないなと思ってたんだった。
最近、食べた後猛烈に眠くなったりしてたんだった。
それって胃がやられとる時の症状だった………と。
………うん、なるほどねー!ぜんぜん知らんかった!(爽)

体験を通してカードを学ぶって私が言ってるのはね、こういうことなんですよ、皆さん…!(胃のあたりを押さえながら)



そんなわけで。
例えとして今日の私の場合は、「みかんをしこたま食べた直後にコーヒーを飲む」という胃直撃コース二連発をやらかさなかったら胃が弱ってることに気づきませんでした。気づけたので、私としては後悔してないです。漢方とかどう飲めばいいかこれで方向性がつかめたので、むしろよかったな…と思っています。
しかしもし、天使がコーヒー飲むなって言ったから、、、といって飲まなかった場合、どうなってたでしょうか。
胃が弱ってることに、しばらく気がつかなかったと思います。何しろ、なんとなく弱ってはいたものの、痛いというところまでは行ってませんでしたので。で、なんとなく体調がいまいちだけど原因わからないなぁ…て思いながら、穏やかながらもまんじりともしない生活を送っていたと思います。…で多分どっかで暴れてたと思います。(つまり結局どっかで胃を痛めてた気がする…)
黙って言うことを聞いていれば、今日、胃は傷めずに済んだかもしれません。
しかし、なんでコーヒー好きの私にわざわざ天使がそんなことを言ってるのか?については、またしばらく長い間、分からないままだったと思います。


このようにして、本当に理由が知りたいならば、逆らうべきなのです。少なくとも一度は逆のことをしたり、逆らってみるべきです。
そりゃぁ、逆らうのには、多少のリスクを伴います。もしかすればちょっとぐらいは、周りに迷惑もかけるかもしれません。
だがしかし、それがなんだと言うんですか。あなた自身の人生でしょう。自分が何を選んで何を基準に生きてるかも分からないのに、さらにカードの言うことを聞くんですか?カードの言うこと聞いてれば幸せになれるとか思ってますか?あー、そんなの絶対ダメ。そういうあなたほど、逆らってみたらいかがでしょう。
理由が知りたいなら、それなりの行動を起こしたらよいのです。死ななきゃ安いじゃありませんか。胃を痛めたぐらいで死にませんよ!
そして実は、逆らってみて初めて分かることの方が、人生には多いのではないでしょうか?
誰か正しい人の言うことを聞いてれば安全でいられる、を選ぶためにオラクルカードしてるっていうのは、なんか「勿体ないなぁ」て思います、個人的には。
それって、自立した人生と言えるのでしょうか。
どうなのかな。ね。

あえてちょっと逆らってみようぜ、のススメ。




・補足
こうして色々やってみた結果、自分の体の声や心の声をもっと細かに詳細に繊細に聞き取れるようになれば、いちいち逆らったりしなくてもカードの言いたいことはピンとくるようになりますので、ご安心を…!
例えば、すでに胃がめっちゃ痛い人がカフェインフリー!ってカード引いたら、ウッ…分かってた…分かってたけどめっちゃコーヒー飲みたいって思ってたけどそれは胃が痛い自分を認めたくなかったからって知ってた…ウッ…悔しいけどやっぱりコーヒー控えよう…って気づくでしょう?だから、それでいいのです。。それ以上ひどいことにはなりません。それでも認めたくない人は飲んでもっと痛めて降参の白旗を上げれば、カードの言ってたことはホンマやったな…素直に聞いとけばよかったわ…って学習するでしょう。何かを学習するには、人間は身をもって経験するしかないんです。。。体験もしないで学ぼうなんて、虫の良いお話だぜ…。

・とはいえ……人生って変わり続けますよね?コーヒーが胃痛と関係なくなる日だっていつか来るわけです。胃を痛めるクセがなくなれば、全然違う角度からの意味でこれが出ることだってあるわけです。
てことは……カードの意味も、変わり続けますよね…?
……やっぱりここは一つ、納得できないことがあったら逆らってみる、を繰り返すしかないのではないでしょうか?

…というわけでやっぱり「逆らうのススメ」でした。



・補足2
ちなみになんですけど、逆らうと言っても実は「言葉の表面通りにしか取れない自分に逆らってみる」という意味であって本当に真理とか真実に逆らってるわけじゃないので、ぜひ安心して逆らってみてください…!「未熟な自分に抵抗する」のが大事なわけです。そして、分からないから何もしない、分からないって放っておくのではなくて、「じゃあ逆のことをしてみたらどうなわけ??」ぐらいの実験精神を持って接してほしいんですね。言葉上では逆に見えても、結果が出て見たら同じことを指していた、というのは…スピリチュアル上級者ですね。( ´ ー ` )誰でも上級者になれるんですよ( ´ ー ` )♪
そうやって「カードの言うことが表面通りじゃない」と気づくことで、さらに深い気づきを得ることができます。こうなるとだんだん、カードの有用性が身にしみてきます。アクションを起こさないと、ぼんやりしたままですよ。
オラクルカードと一緒に歩んでる以上、おかしな事故が起こることはまずないので、ぜひ「アクションを起こしてみる!」を実行してみてください♪

文章二つ

2015.06.13 15:11|オラクルカード哲学
今日はちょっと、参考文献のようなものをお知らせ。
こちらのブログ記事さん、是非読んでみてください。

http://www.dancerslifesupport.com/superman/

これは完璧主義者が如何に不完全か、ということが分かりやすく書かれてます。
努力ってのは根性論じゃなく、コツコツ積み重ねトライし続け実行をし続けるということだ、ってこと。


http://www.dancerslifesupport.com/correction-3/

こちらは、「理解」から「できるようになる」までには段階がある、ということ。五段階まで掘り下げてくれてるのはすごい!確かにこの通りです。
オラクルカードとかを通じた魂の学びでも、こういうことよくあると思います。でも、努力の方向を間違えずにコツコツと積み重ねていったら、いつのまにか昔なら乗り越えられなかった壁が乗り越えられていたり、とか。
つまり何でも同じなんですよね。
ダンサーさんは常に「肉体」という自分自身と直結した物質と向き合い続けて活動するので、この面が強く出るんだと思います。私も結局、子供時代の14年間という貴重な時間をずっと踊ってたわけだから、こういう考え方になったのかもしれないな。

ぜひどうぞ。
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Yukiko (WHR)

Author:Yukiko (WHR)
誠心リーディングの会(WHR)をやっていますYukikoです。
オラクルカードに関するあらゆること - リーディングセッション、オラクルカードを使いこなすための講座、オラクルxライフコーチング、オンライン勉強会(WHR Membership)、エーテリアルクリスタルヒーリング等を提供しています。2018年6月よりスピリチュアル職の自立した横のつながりを目的とするWHR職業人会を立ち上げました。
本職は絵描き(ウェブ) 、チェコ在住。

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