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去年までの目標/今年も続行の目標

2018.02.18 21:51|気づき
4年前頃からなんとなく、新年に「書き初め」をしていました。
その年に何を目標にするか、というのがむらむらっと湧いてくるのを文字にして、寝室の壁に貼っておき、いつもなんとなく見返して気合を入れ直したり、そうだなぁ〜と思ったり。
また、目標以外にも「標語」を書いて壁に貼っといて、そのことに気をつけながら日々を過ごしたりっていうのもあって、その標語も、すっかり終わったなと思ったら剥がし、まだこのクセ残ってるなーと思ったら貼ったままにしてありました。

2017年に過去の自分がサヨウナラしたことはなんとなく前までの記事に書いたと思うんですが、本当にすっかり変わりまして、ずっと貼ってあった自分の悪い癖を正す標語は今、まったく必要なくなりました。クリアしたのです。
最後まで残っていた二つが、こちらでした。

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「思いっきり絵を描く」は、どうせ描くならもう思いっきり全部振り切ってどかーんと描け!みたいなこと。
イラストレーション勉強中にたくさんつけてた足枷を外すのに、丸2年以上かかりました。その創造性の足枷を取り外すために、この言葉が必要でした。自分の創造性を100%出せるようにとにかくありとあらゆる足枷を取り外す精神的努力をしたおかげで、絵を思いっきり描かないで一体何を?というところまで完全に戻せたので、お役御免です。
「未来を勝手に決めつけない。」は、どうしても過去いままでの自分に起きた出来事などをベースに悲観的に考えたり自分の将来を限定してしまう思考のクセがあることに気づき、それで気分が盛り下がってしまうことにも気づいたので、とにかく「未来はいい意味で自分の思い通りにならない、だから大丈夫なんだ!」と言い聞かせるために貼ってありました。実際、すべての出来事は私なんかが想像していた可能性のはるか上をドビューーーーーン!!!!と飛び越えていって、毎回、うおおああああすげー!!!!て言いながらのこの期間だったので、これを見るたびに、悲観しても意味がない、これから未来は変わるんだから!と言い聞かせ。そして実際に本当にそうなっていきましたので、もう壁に貼っておく必要はなくなりました。身につきましたね。

いやぁ、長かったけどお世話になった、最後の二つ。
ちょっと感慨深かったですが、えいやと剥がしてさっさと捨てました。ハハッ( ´ ∀ ` )そんなもんさ


そして、これは去年のお正月書き初めでしたが、これは今年もいい意味で続行です。

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友達に借りた仏教の本に載っていた語句で、相手とお互いに心を開き、腹を割ってありのままに話し合い、感じた気持ちに素直に動いていくことが肝心だ、みたいな意味だったかなと思います。「禅ビジネス」という本に出てきた言葉で、このようにしていけば、勝ち負けではない良い関係ができあがっていくのです、と締めくくられていて、私もそう思ったし、そのようにしていこう!と決意したのが2017年の頭。
まさに今、そのような環境になることができたのですが、このマインドをきちんと保って素直に動いてゆきたいので、今年は新たに書かずに続行ということにしました。


余談ですが、この「勝ち負けではない良い関係」とは、私がビジネスや生き方、あり方、全てのクオリティーに求めるものなんです。で、それが当然であり、自然なものだと信じているからです。
ところがまぁ周りを見渡してみれば、何もかも勝ち負けでしか判断できない人や、何もないのに喧嘩腰の人、いくらでもいますよね。マウンティングを取り合う友人関係とか…。いやそれ友人じゃなくね?と思うんですが、本当に多い。かくいう私もごく身内にずっといましたので、まぁ身近にいましたね、常にそういう、嫌悪する人が。
なんですけど私はなにしろ筋金入りのお人好しであり、さらに基本的にはバイタリティーがある人が好きなもので、「そういうガツガツしたのも必要なのかなぁ、私にはないなぁ」程度にしか思っていなかったのですが、ここ数年、自然とそういうものに吐き気を催すようになりまして、まぁ、距離を取るようになりまして。
そうしたら自然と、愛と本気と実力で動く、落ち着いた人たちにどんどん出会ったり再会したりすることができ、私が信頼する人たちは彼らとはまったく一線を画していることも理解でき、マウンティング族が全く自分に合わないということがつくづくよく分かりました。あとバイタリティーと、ガツガツの対抗心を燃やすしかできない人間とは全く別だということもよく…分かり…。。なんとなくで受け入れちゃってたんだけどよく考えたら全く別の人種やんけ!てなりました、はい。
そしてそれでも恐ろしいほどのお人好しなもので、会わなくなった友達にちょっと罪悪感を抱いたりしていたものなんですが、つい昨日、やはり「自分」という存在自体を心地よいものとして存在する、ときちんと意識ができている、価値観の合う友達と久々に会って、マウンティングを取りたがる共通の友人たちへの違和感や不信感の元となった出来事を話し合っていたら、あ、なるほど。てなったんです。
彼らを人間だと思っていたから違和感があったんだ。
そう。彼らは
マウンテンゴリラならぬ、マウンティングゴリラ。
そう、ゴリラだったんだ、と。

なんかこの結論に達したらとにかくどえらく納得していまい、全く躊躇なく過去の清算をすることができました。気持ちの上でも、データの上でも、全て掃除ついでにザザザーッと消去して捨てて、ハァーーースッキリ✨
私に関係のない種族の人たちだったって分かっただけで、このスッキリ具合。理屈では分かっていても、ハートではどこかまだ、自分の感性が正しいかどうか確信が持てなかったのだと思います。
が、同じ感性を持つオープンハートの友達がまったく同じことを言ったり、追体験か?というほどの同じ酷い体験をしたのを聞いたことで、あっ、私、正しかったんだ……。そういうことか……って、ハートでも理解できました。
自分が心から信頼し尊敬できる「同族」の友達を見て我が身を振り返ってみたら、あれ、私も同じか!ってなる体験を元に、完全に機能不全だった自己愛と自尊心の機能がやっと修復されたという気がします。これ長かったんですよ、多分6歳以降ぐらいから徐々に破綻し、16歳ですでにほぼ崩壊してたんで…。長かった〜。(この話は気が向いたらまた別で書きます)

ハァ〜〜〜〜〜〜〜めでたし、めでたし。✨( ´ ∀ ` )✨
マジでめちゃくちゃスッキリしました……。

また更新します!
🌙

愛を受け入れるの話。

2018.02.05 22:23|気づき
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チェコで、親友の実家の近くの道端に咲いていた花。きれいだなー。。


とにかくネタが溜まりすぎてるので、ちょこちょこ小話的に更新していきます。

奇妙な話かもなんですが、けっこう「愛を受け入れる」が苦手な人、多いですよね?私もそうだったんですよ。でも、愛を受け入れるってそもそも何???ってなるじゃないですか。まぁ、自然にできてないな、ってことぐらいは、自分でもわかるんですけど、それ以上はよく分からんという感じ。

で、詳しくは省くのですが、今回の日本滞在では懐かしい人や大好きな親友たちと何度も会えて、とにかく、なんだろうな。突然、「この人たちは、私のことを愛してるんだ」って気づいたんですよ。そしたら、え、すごい!!!!!ってなったんですよね…。「え、すごいじゃん、わたしすごい愛されている!すごいや!!!」てなりまして。
なんかそしたら、すごく安らいだし、落ち着いたし、あ、私、ここにいてよくて、生きててよくて、私のやりたいことをやっていてもいいんだ、って。突然、感覚で理解できたんです。

で、「あ、これが愛を受け入れるっていうことなんだ…」って、感じたんですよ。つくづくとしみじみと。じんわりと。
なんか、すごくいい気持ちでしてね…。なんだろう…。包まれてる感じがいつまでも消えないっていうか。いろんな人の愛情に満ちた笑顔がいつでも脳裏に浮かんで、普通にすごく元気が出て。励まされるんです。
「ああ、私って愛されてるんだ…!」って感じるだけで、ちゃんと受け取ることができるんですよね。

今までは、私はこの人たちを愛しているけれども、もしこの人たちが私を愛していなくても構わないというか、この人たちが私を愛しているかどうかはどうでもいい、ぐらいに思っていたんですよ、すごく極端に言うと。
裏切られたら怖いからとか、離別したら怖いからとか、多分そういう理由なんですけど。
愛してるんだよって示されても、ああどうもありがとう、嬉しいですねぇ、って他人事みたいな感じで。
私からの愛は注ぎたいけど、注がれる愛に関してはなんというかこう、表面だけ受け取ってあとは捨てる、ぐらいの。なんかちょっとそういうとこあったんですよ。フルでハートの奥までそれを受け取っていなかった。入ってくることを許していなかったんですよね。
でも、入ってきていいよっていうか、私も入るからお前も入ってこい!っていう感じに今回なったんです。これはライブをやったから、相方とそういう心持ちでいないとだなぁと思って、ちょっと意図的に今までのリミットを外したってのもあったんですけど。しかし結果的に、なんか全身全霊で愛を感じるという、なんというかもう、ちょっと気恥ずかしいぐらいなのですが、うおおお………!という感覚になりました。

今年のテーマは「愛」ですね…。この愛の循環を絶やさず、送りこみ受け入れ、回していきたいなと思うのです。

そして先週末、私の愛するチェコの親友夫婦の家に仕事で泊まりに行きまして、その時に久々に会ったら旦那の方が「ユキコ、何かあった?何か違う気がする、何か変化があったんじゃないか」っていうから、うむさすがですな、実は自分が愛されていることに人生で初めて気がついてさ、だから今全然感覚が違うし、すごく落ち着いて安らいでいられてるんだって話しをしたら、
「そうか、その通りだ、それはつまり、自分は周りの人たちの一部分であると気がつくっていうことなんだ。ようこそこちら側へ」って言われて、あぁ、さすがこの人だなぁ…ってまた改めてこの友達を尊敬しました。。
きっと今までは、自分は一人だって信じ込もうとしてたっていうか、んん、、なんだろな?まぁそれも必要なプロセスだったんだと思うんですけど。
でも今、全く感覚が違うんです。あぁ、一部でいいんだ、足りなくていいんだって理解できるし、そうなったら必ず誰かが助けてくれるという、何か確信がある。それは自分もそうだから。自分も、周りが困っていたら必ず助けられる。でも、困ってるよって言われないとそれは察することもできない。だから自分も、困った時は困ったって伝えればいい。ただ伝えるだけでいい。
周りへの信頼感。それは、愛のつながりが確かだと、今回本当に毎日ずっと感じていたからだと思いました。

なんか、すごい世界へ来てしまった。明らかに世界が変わりました、自分的に。
私にとっての2018年は、こんな具合に始まったのでした。
🌙

クッキーを買いに行くということひとつ。

2015.12.17 21:04|気づき
書きたいことがいっぱいあるまま、やりたいことがいっぱいあるまま、なかなか一つずつ亀のようにしか進まない日々なんですが、(『今月の一枚』も、描くものはもう決まってるの…!うおおお!!)
それでも言えるのは今、なんていうか、日々を慈しんで生きている、という感覚。
自分のことを好きになって、一つずつの食事とか、お皿を洗うとか、食べたいものがある時に買いにいくとか、そんな簡単なことでも自分に栄養があげられるのだと、今月始めの友人宅での休暇で知りました。
ほんのちょっとしたこと、ほんのささいな手間ヒマひとつが、快適さを生み、体に心地よさを与え、楽にして、愛をあげられる。
その具体的な方法が分からずに来たのですが、それをいっぺんに吸収したような休暇でした。

本当ひどいなと思うんですけど、私は本当に実利主義の仕事人間で、これではよくないってわかってるんだけど、食べたいものがちょっとあるぐらいじゃ外には出ないで家で仕事しちゃうんですよね…。(笑)エネルギー効率も悪いし精神的にだって、働きたくなくなりますよね。。でもその悪癖をどう改善していいか、わからなくて。
ところがその、地方都市に住むチェコ人の友人、彼女が本当に笑えるぐらい宇宙人なんですけど(笑)。彼女の暮らし方が本当に、すてきだったんです。
ほんのちょっとしたこと、生き方が、私と不思議なほど一致していたし、互いに与える何てことない情報や行動ややり方が、全て互いにとって貴重な情報であったりして。
さすが宇宙時代に共に敵と戦ってきた仲間だわ…(´ー`)←去年の今頃出会ったカリグラフィーの先生&カリグラファーの彼女です

プラハに戻ってきてからも、彼女が作ってくれたちょっとしたものを思い出したり、これってこう使うのか!って知らなかった現実的なチェコでの暮らし方を取り入れたり、簡単にできるおいしいディップを作ってみたり、そんなことをちょこまかとしていたら、すごく生活がすっきりと楽に楽しくなってきて、ストレスが減ってきたのです。
何しろ慣れない海外生活。風土も食材も根本から違う。。見たこともない植物や野菜なんていくらでもあるし、これ本当においしいの!?て思うようなものとかもたくさん。まだまだ未知なのです。それを今まで自己流でやってきたけど、なかなか快適に感じるやり方が分からずにいたんですが、ここへ来て、大いにヒントになりました。

それと例えば今日突然ふっと、あのクッキーが食べたい…という思いに駆られまして。
体調もいまいちだから遠くへは買いに行きたくないし、かといって近所にそれが売ってる場所を知らないし。他の食材はまだ切らしてないし、うーんめんどくさいといつもなら買い物に行かないところなのですが、自分が変わったなと思ったのは、いやこういう時にクッキーを買うために出かけるっていうのは、大事なことだ。と思ったんです。。
それで、えいや!と出かけてみました。
そしたら、なんか結果的には近所のスーパーにもありました…。そりゃぁ、すごいおいしいやつとかではないんですが。。クリスマスによく家庭で作るクッキーだったので、今の季節は売ってたみたい…!無意識に食べたくなってたのかなぁ。
ちょっと甘すぎたけど、カフェオレと一緒に飲んで食べてたら、ふふってなりました。
自分を幸せにするのはとても大切なことだ、と改めて思って。
その感覚を背中で教えてくれた、年上の友人に改めて、感謝を感じました。
仲間って、言葉じゃ表せない感覚だよなぁ…。


うふふなクッキー。



この旅、凄まじいことがもう一つあって、というか他にもあまりにもありすぎて数え切れないレベルなんですが(笑)またそんなのについてもポロポロと書いていきたいなと思うんですけども。
とりあえず、今感じていることは
今初めて、自分を慈しんで生きているなぁ、ということ。
なのでした。

うれしいなぁ。ほっこり。

怒る勇気。許すということ。友達ということ。

2015.04.19 19:17|気づき
今年度からこっちに来た日本人クラスメイトの子と、不思議な関係が続いています。
というのは、私の人生で初めて、相手が悪いことをした時にストレートにちゃんと怒って、相手が素直に謝って、私が許しを行う、ということがこれで二回目なんです。ちなみに今日二回目があったんですけどね。笑

これ、実は私のプライベートライフでは、本当に初めてのことでもあります。
何でかというと、大体私が誰かに対して本気で怒った時、相手がすくみ上がってしまうので、私に謝りに来れないんです。大体はうやむやのうちに私がその人から距離を取っておしまい、ってなります。通常そうじゃありませんか?子供のうちは無闇にケンカして仲違いして仲直り、なんてあっても、大人ならまぁ大体そうですよね。
でも、私と彼女の場合は違うんです。何故だか。。
彼女が明らかに失礼なこと、思いの足りないことをするんですね。で、私が、この子駄目だなぁ、許せないなぁ。って思う。でも相手が積極的に関わってくるタイプなので、こっちも仕方ないのではっきりと、相手に伝えるんです。そしたらその子、「はっきり言ってくださってありがとうございます」といって、すぐに直接会いに来るんです。どうしたら許してもらえるか分からないけど、今後絶対に二度とこういうことがないように努力するし、でもどうしたらいいか分からないです…。でも努力します。と真剣に言う彼女を見て、私は「いやぁそれにしたって、素直に謝れるって君はすごいよ。」って言うんですけど、だって実際、すごいことだから。。大抵の人は、やましい感情を抱いたが最後、私に顔向けできなくなって、それでおしまいです。私の怒りの欠点は「正当すぎること」でもあるので(笑)だから相手が余計すくみ上がっちゃうんですよね…。でもこの子は私のところに来て、「ゆきこさんの言ってることって本当に全部がその通りすぎて、もう謝りようもないんですけど、本当にごめんなさい、許してください。」って言うんです。それってすごいなと。その子はいつも少し涙が出てしまうんですが(浄化ですねー)、涙を拭いながら、こう言うんです。「ゆきこさんがストレートに全て話してくれるから、私が素直に謝らせてもらえてるんです」と。で「あ、すごいなー。分かってるんだなー」と私は思うわけです。

なんか私も怒るってのが苦手な性格なもので、一度怒ると自分の怒りの激しさに自分でもビビるぐらいなので(笑)ほんと苦手なんですけど…。私の望みは、ストレートに伝えたら、ストレートに相手が反応してくれること、です。それ以外は何も望んでない。別に謝ってほしいわけでも、なんでもない。だから、ただ素直に「そうだったんだ。ちっとも理解していなかった」って思ってくれたら、そして「次からしないように努力する」って言ってくれたら、もうそれでいいんです。でも普通の、余分な自意識の発達した人間たちに、それはとても難しいことです。素直に謝れる人間の、どれほど少ないことか。自分の非を認めることがまず難しい。次に私の怒りが真っ当すぎて反論できなくて口ごもる。そして、まだちゃんとは分からなくても、努力します、と言えた人間は、多分今まで本当に少ししかいなかった。そして私は、フリーズした相手を見て、あぁこの子に何かを期待したことが間違ってたんだ、て思う。そして伝えるのをやめてしまうのです。そんなことばっかりだったから、今回のこの子も、どうせここで終わりだろう。て思ったんですよ。でも、前回である一回目もまさかの、私が彼女との接触を完全に避けるようになった数日後に「私が悪いことをしたなら教えてください」と向こうから言ってくる、というミラクルがあって。そうですか、じゃあちゃんと説明しますよ、と思って、君が何をしたから私は怒ったのだ、ときちんと話したら、まさかのちゃんと理解してくれた、というミラクル(私にしてみれば過去殆ど前例がないので奇跡扱いなわけですよ)が起こったので、もしや今回もそんなことあんのか?とはちょっと思ってました。でもまぁ、あり得ないわね、とも思ってました。ところがまさかの!二回目がありました。(笑)あるんだねー。これはすごいな、と思いました。その子がすごい素直というのもあるし、私がここ数年はいい意味で「怒り」という感情に対して冷静になれてるのもあると思います。チェコに来て怒りの沸点が下がったというのもあります…。いちいち怒ってたらやってけないので。笑 あと、外国で揉まれて、怒りが何も解決しないことを体で学んだというのも、大きいでしょうね。

私の場合、非常に強い違和感を感じる、何か現状が曲がった方向に進んでいるという強烈なサインが「怒り」を感じる、という形でやってくるということに気がついたのです。これはコーチングの時にまず客観的な形で去年学んだことだったので、お仕事させてもらってなかったら分からなかったことだと思います。そしてその場合、そのサインを手がかりにきちんと内容を自分で理解し、それを如何に率直に素直に、余分な形容詞とか私的な思い込みとかを入れずに事実を伝えるか、というのが私が「怒り」を感じた時のポイントでした。それは、今回のこの友達に伝えた時と、基本的には同じです。
そうしてみると、「怒り」というのは現状が自分を含めた関係者全てにとってフェアではないことを示すひとつのサインに過ぎないわけで、それを閉じ込めずにきちんとストレートに表現し、相手に伝えることがどれほど大事なことか、というのも思い知らされます。
でもついつい、特に日本人って、怒りを抱いた自分自身を責めてしまったり、怒りを表現してはいけない、と思ったりしませんか?
でも今回本当に分かったのは、怒りの内容を相手に説明することや伝えることというのは、いわゆる「怒る」とは違うぞ、ということです。
怒りはサインに過ぎないんです。自分が何に対して悲しかったのか、相手のどんな言動が自分を悲しませたのかを、相手に伝える、ということです。
それに今回のこの子みたいに、自分が伝えることが本当の意味でのきちんとした「怒り」ならば、ちゃんとした人ならそれを理解できます。その怒りの価値を理解できるんです。それを伝えて何とも思わない人間ならそもそもあなたのことを全く尊重できない人間なので、あなたが関わる価値がありません。離れてよし。
何故なら、「怒り」を覚える性質の悲しみというのはつまり、自分自身の尊厳を相手が傷つけている、という証拠だからです。それは相手に伝えなくては絶対にだめです。自分がそれをガマンしたところで、何も解決もしません。自分も成長しません。もちろん相手だって成長しません。そして体にその火が「飛び火」して、体のあちこちに炎症ができます。。体さんごめんよ…です。

率直に、自分があなたのこうした言動に傷つけられてしまったのだ、この傷の修復方法が分からないからしばらく顔を見たくないんだ、と伝えるっていうのは、すごく正直で誠実な行動です。
なんていうのかな。
いわば「おこる」じゃなくて「いかる」みたいな…。そういうことなのかな、と思うのです。
「怒り」(いかり)っていうのは、例えば神の怒りっていう単語がありますが、そういうことだと思うんです。愛情をベースに行われるもの。相手のためを思って、そして自分のためにも、言葉にして悲しかったと率直に伝える勇気。それを解放し素直に伝えることで、双方共に癒されるのです。少し勇気がいるとしても、終わった後は、怒る前よりもっと良い気分になります。
やりたくないなぁと思う「おこる」には、かんしゃくを起こしているだけの場合も含まれますね。かんしゃくはどうして起きるのでしょう?それは、自分が何に怒っているのか、何に悲しいと感じているのかを、何らかの理由により表現できないからです。その理由は「怒りを表現するスキルがない」人もいるだろうし「怒りを相手に伝える勇気がない、めんどくさい」という臆病さのせいもあるでしょうし、いろいろあると思うんですけど、その原因を自分で把握して、正確に伝える方法を人は持たなくてはならないと思います。

そして、怒りの本質は「悲しみ」だと、今回改めて思いました。
悲しかった、がっかりした、信頼していたのに裏切られた、という悲しみです。
私は悲しかったよ、と伝えるのは、なんだか情けないような気がして、気が引ける人が多いのかもしれませんが、
でも、悲しかったと伝えられる人は、強い人です。ありのまま正直に生きる勇気がある人です。それは、本物を引きつける力があります。偽物のフェイクでかためられた、虚しい人生を送ることはありません。

やっぱり、どうせなるなら、強くて優しい人になりたい。
だから、私が彼女と出会った理由はきっと、
人に失望しなくていいんだっていうトレーニングなのかもな、って。
彼女という、純粋で強い人が、私に怒る練習をさせてくれているのかも。と思います。
(あと、やっぱこれだけきちんと話して怒ってくれる人って普通いないので、有難い、とも言われてます。笑)
今まで、おこがましい話ですが、自分とレベルの合う友達ってあまりいないもので、失望の方がはるかに多く、また私には彼らの言動が根本的に理解できない、ということが殆どでした。全てが児戯に見えることの方が多いです。そのせいで、どこにどのように力を注いだらいいのかも、分からなかった。私の人生は孤独でした。人がとても好きなのに、私は自分を生かす活路が見出せなくて…。どん底でしたね。ほんと、よく堪えたなぁ。
でも、カードを始めたことから少しずつ自分も成長させてもらっていて、今年はこれからイラストレーションを絶対にやるんだ、と最近どんどん確信が持ててきて、私はコミュニケーションをしたいんだ、そしてその能力が私にはあるし、どうやって磨けばいいかも分かってきた!ってなってからは、本当に色んなものが…変わってきたと思います。
ちゃんと伝えればちゃんと理解したり、真っすぐに謝れる人だっているんだなぁ、っていうのは、私には本当に嬉しいことですね…。うん。やっぱ、彼女みたいな人はあんまりいないなぁ。。怒っても相手が一方的にびびっちゃうことが多くて。私の意図はそうじゃないんだけど。。

今やっとね、全部が楽しく。なってきてるなぁ。怒りも、違和感も、全部面白い。すごく興味深い。自分がどんな感情を抱いても、素直に向き合ってそれをきちんと素直に表現して相手に伝えることも学んだから、動揺しなくなったし、自分をジャッジしないってことはきっとこういうことですよね。そのことによって、相手の事もジャッジせずに済みます。そして物事や人間関係は、必ず良い方向に行くわけです。そういう健康的で前向きな方法が取れる同士である以上、違う方向に行くわけがありませんからね。


それと今回ひとつ自分でも良かったなと思ったのは、彼女を前にして率直な気持ちを語っている時に
「君のことは本当に決して嫌いじゃない、許したいという気持ちはある、君も挽回できるように頑張るって言ってるけど、でも思うのは、君が何をしたから許すとかっていうことじゃなくて、私の感情が許そうって思えるかどうかだからねぇ…」って話してたんですよ。で、気づいた。あ、許すかどうかは、私の気持ちが決めるんだ。って。
で、私の気持ちが「この子を許した!」って思えるには、何を望んでいるのかな?って感じ取りながら話しているうちに「お茶かビールでも一杯おごっておくれ。そしたら許す」って、すらっと口から出てきたんです。そしたら、もちろん!てなって、立ち話してたらちょっと冷えてもきたんで、じゃあもうこのまま茶ぁしばくか、てことで近所のお店でコーヒーおごってもらって、久々にまたいろんなことを話し合って、私もまた自分なりにたくさん彼女から学ぶこともあって(イラストレーションにおいては先輩なので、ほんと勉強になるのです)、茶ぁしばいたらすっかり機嫌が直ったんですよ!私の!
これは大収穫!!(笑)
自分で「どうやったら私は許す気になれるか」を理解して、相手に提示して、相手が受け入れて、それが行われた。というのは、本当に良いことだと思いました。なかなか、「要求する」てのが苦手だった私なんですが…。本当に相手が友達なら、それで許せることなんだよね。うん。
いや、ここまで読んで「いやそれ普通やろ!」と叫んでる人がだいぶいらっしゃるとは思うんですけど…(笑)
人付き合いの下手な人たち組は「うおお、それがあったか!」って今、思ってくれていると確信しています。(笑)
みんなも、条件を提示するといいよっ!(´▽`)
そして、どうしても許せる条件が思い浮かばない場合は、その人との縁が終わったってことだよ。(´▽`)

そんなわけで、今回は終わらなかった、すげー。と思いながら帰路へ。
帰りに彼女もサーッと帰らずにわざわざ私のアパート前まで送ってくれたりしたのもあって、よし許した。てなりました。(笑)でも自分が無理だと思う範囲まで無理して受け入れるのはやめる。ので、そこらへんは自分に素直に生きればいいんだな、と思いました。
全てあるがままに、そのままでいこう、って。逆らおうとするからおかしいんだよね。

ちなみに今週のウィークリーリーディングが「Listen」で自分の心の声をきちんと聞くこと、それに従って動くことだったり、対人関係のとこが「自分が何を受け入れ、何は受け入れないと条件をちゃんと決めて、その通りに行動を起こしなさい」っていうカードだったりして、そしてその結果が「愛にハートを開く」っていう。(笑)アセンデッド使ったんですけどね。もう何この流れ、完璧すぎるやろ…。ワロタ…

はー面白い一週間だったー =3
また来週!(´▽`)
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Yukiko (WHR)

Author:Yukiko (WHR)
誠心リーディングの会(WHR)をやっていますYukikoです。
オラクルカードに関するあらゆること - リーディングセッション、オラクルカードを使いこなすための講座、オラクルxライフコーチング、オンライン勉強会(WHR Membership)、エーテリアルクリスタルヒーリング等を提供しています。2018年6月よりスピリチュアル職の自立した横のつながりを目的とするWHR職業人会を立ち上げました。
本職は絵描き(ウェブ) 、チェコ在住。

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