FC2ブログ

自分は毎日、新しくなる

2018.08.26 22:40|for my Spirit
IMG_0977.jpg

IMG_0972.jpg
磨いた途端に友達のとこにお嫁に行ったコーパルさんと、今セルフメンテのお供をしてくれてるムーンさんとアンバーさん。
最高でござるよ…ありがとう…



そうそう、さて、新しくなった自分についてですね。
いつになく簡潔になる…といいな?(なるかなチャレンジ)
どんどん話が飛びますが、まぁつらりとついてきてください。

今月は「穏やか驚天動地」でした。。!
今までの考え方や行動のクセを一掃されるプロセスと、新しくなった自分にぴったりの人たちとの出会いや再会やマメなコンタクトなどがあって、一気にスッキリしちゃいまして。
水星逆行始まった時は、あ〜〜やりづれ〜〜〜!!てなってたんですが、気づいたらそれがきっかけとなって過去のいらない壁というかガンコな黄ばみみたいなものがボロンボロンをあっという間に崩れてザ======ッッッと流されていって、おぉ、サヨナラ………てなって今、て感じです。

なんというか、毎日がくっきりと新しくなってきてる感じ。
毎日が新しくなるのって、考えてみりゃぁ当たり前なんですが、当たり前じゃなかったのは今までの自分の生活を振り返れば一目瞭然。そして、今はすごくフィジカルに生きている感覚と、その喜びが全てです。今までになく生き生きとしていて、楽しい。生まれ変わったような感じがしています。それもごく自然に。
古い方法はもうどんどん脱ぎ捨てて、重苦しい「責任」という感覚を全部どっかに捨て去って。みんなで楽しく、気楽に、あかるく、そして適切なGiving & Receivingをしていける、もうそういうことだけをしていこう、それが健全な肉体と精神ということだからさ。という感覚とモードになりました。
毎日が新しくなる生活ね、単純に楽しいですよね。生き生きしてて。身も心もすごく生き生きしてる。友達が私に会うたびに「なんか、また若返った!」って言うんですけど、ほんっとに子供みたいに暮らしています。でも、本来これが普通なんですよね。私たちは神様の子供だし、死ぬまで成長を続ける子供なんですから。これが普通。
ほんと、今まで苦しかった理由がよく分かった。
昨日の自分は今の自分じゃない。ていう、言葉にしたらすごい陳腐なことだけど、毎日をその感覚で普通に生きてるっていうのは、前の自分からすると考えられなかったこと。それを今、当たり前に生きてる。
でもそのぐらい、元来の自分は短いスパンで時間というものを生きてることに、最近突然ふっと、気づいたんです。
で「なーんだ!!!!!」てなったんですよね。だったらそうしてあげようと。
いろいろ苦労や努力をしてきて今こういう境地に立てるようになったのは、よかったなぁ…と思います。私という歴史をこれからも大切にしながら、軽やかにもなっていきます。要はバランスですよね、いつも同じこと言っちゃいますけど。。
左右上下前後、重心、それを支える筋肉と真ん中に戻してこれる骨格。全部持ってる。足りなければ足せる、いらなければ引ける。
そんなシンプルなことが、心からありがたいです。

描いてる絵も、思えば2年前から流れ自体は始まっていたものの、私自身の元々の気質が「固めない」「完成しきらせない」「流動していく感覚を与えるようなもの」で、その美学自体が液体であるインクや墨を使って水と共に制作をすることによりさらに強まっている感じがしてきていたので、なんか全て繋がってるなぁ、とこれまた感じます。「生きている絵が描きたい」と昔から言ってたのですが、その生きているっていうのは、二次元の平面なのにも関わらず決して固まらない、凝り固まらない、ずっと変化し続けていくように感じられる絵、という意味だと思うのです。その生き生きとした感覚がないとダメなのかな、と。
私の絵を見せると100%、「You're very expressive」と言われます。前から言われてましたが、さらにそれがシンプルになった気がします。「君は、その線と絵があれば大丈夫だ」という言い方も、複数の何人かからポロッと言われて、そうか、そういうことなんだな。と感じたり。

あっ、仕事といえば、ちょっと前に拍手にコメントくださったMSさん、ありがとうございます!北欧神話に私の絵柄が合いそうと言ってくださって…!いやもう、正直舞い上がりました。か、描きたい…!!まずは北欧神話の本を読むところから始めたい。か、描きたいです。。唐突なインスピレーション大歓迎です、ありがとうございます…!最高に嬉しい!

なんか最近こうやって、まったく意図せずに暮らしていると、ふいっと素晴らしいアイディアが舞い込んでくるんです。そしてそれを実行するごとに、自分がどんどん新らしい自分へと、本来の自分らしい自分へと、そして見たこともない自分へと……勝手に更新されていくんです。
そしていざこういう毎日になってみると、そういえばこれが当たり前だったな…これって普通なんだよな、という感覚でもあって。なんかでも、毎日「普通」は書き換わるわけだから、それにただすらりと準じて動いていけばよい。という、一つの確信と安心と共に今は日々、動いています。


今年という年を8ヶ月生きてきて、思ってた以上に私は本質的に理解されている、という感覚も受けました。それが表面的なものでも利己的なものでもない、「愛」である、ということも。それは私をさらに今年、変えてくれました。なぜ今まで入ってこなかったのかは分かりませんが、それはこの記事にあります、自尊感情、自尊意識ということだと思います。
この記事はシェアしたかったので、是非お読みになってください。オラクルカードやってる人は、これがなくて苦しんでたり悩んでたり、理由がわからないという人がけっこう多いと思うのです。

https://soar-world.com/2018/07/26/keikotokunaga/

私はこの記事を読んで初めて、私が10年前からオラクルカードを通して学び、身につけ、不理解と戦い、取り戻したものが「自尊感情」であったことを理解しました。
で、そこでまたすっかりストン、と腑に落ちちゃって。
「自分を大切にしてね」と周りに言われて、????意味わからん…って思った人は、これがない人です。私もそうでした。全然なかったんで、本気で意味わかりませんでした。今は分かりますが、わかるようになってから、本当に世界が変わりました…!チェコ人の友人と話した時も、これがない人って本当に多いよねという話になったので、個人主義のヨーロッパでもそんなに変わらないんですね…。(体感では日本よりはマシだと思っていたのですが…)だからオラクルカードにもSelf-Respectがあるわけですね。

このブログの読者の方でもきっと、バッキリふた通りに分かれるでしょう。
「あ〜これ、持ってない人多いよね〜、なんでだろ〜〜」っていう人と、
「え?自尊感情って何?え…?……もしかして私、これがなかったの?」と思う人。
そのぐらい、持っている人と持っていない人で、あまりにもこの世界の見え方は分かれてしまうのです。
つまりまず、自尊感情を持った人たちを育てる社会を作らなくてはならない、ということです。
私は自分の中の癒しが自然と一山超えた現在、これまた自然と「社会を変えていく必要」にフォーカスしていく自分を感じました。それはごく自然に起こりました。これがもともとの自分の人生の目的の一つでもあるからです。

奇しくもこの記事を見つけたちょうど1ヶ月前、私は自分の中に不必要に居座り続けていた「男性優位の価値観」の存在に気づいた頃でした。知らず知らずに自分を苦しめてきたこの考え方が居座っていたことに、ある日突然気づいたのです。かなり、ゾッとしました。で、これをすべて私の中から完全に追い払う!私には必要ない!今すぐに出て行きなさい、とその概念を追い出していた時期、この記事に出会いました。これでさらに私自身を見つけるための変化は加速し、追い出しが終わったとおぼしき頃から思考や主義の合う人たちにどんどん出会ったり再会したりすることが増えました。外側の性別ではなく、中味が「同じものを見ている」と感じる多様な友人たちに、ごく自然に日常の細部がつながっていき、生活の感覚自体ががらりと変わりました。
ジェンダー意識についても、私は「一人の人間の中に男も女も両方いるし、さらには同じぐらいいるのがちょうどいいバランス」という認識です。体の性別は「それはそれだよね」ってことで普通に受け入れて楽しんでいますし、メンタルの性別はというとこれはまた別の話なんです。例えば、聖人と呼ばれる人たちを思い浮かべるといくらかわかるのではないでしょうか。男性性と女性性は必ず釣り合っているものです。また、周りにいる、尊敬できる人たちを思い浮かべてください。力強さと柔和さは調和しているはずです。これは体の性別は一切関係がありません。内面の話ですから。
このように、私が話が合う人たちには、なんというか、ゲイ的な人が多いのです。ジェンダーとしてのゲイもそうですし、そういう思考を持っている人たちもです。つまり、一人の人間の中に両方を自然に受け入れてる人と私は話が合うのです。それが自然な姿だと感じるからです。
こうして、おそらく私はこの1ヶ月で、ジェンダーに関する世間的な意識も全て捨てる決意をしたようです。もともとこういう主義の元に生きてきたので、これもごく自然でした。そしてちょっと縁あって、こっちの大学院時代のエクアドル人のゲイの靴職人の友達とコラボレートを始めたところだったりします。
なんかもう、こういうことがサラーッと起きて、サラーッとコミットしていくんですよね最近。それが本当にただただひたすらに、自然で、気分がよく、フィジカルに生きることができている自分に日々感謝しているのです。

IMG_1083.jpg

IMG_1082.jpg

試し始めたばかりですが、靴職人の工房で絵描くなんて想像したこともなかったから、めっちゃ楽しい。。アイディアお互いに出し中です。技術的にももっと試してから、モチーフを作り始めてみます。



そして今月は縁あって、人生の大転機を迎えたこっちでの日本人の親友と週に3回は会って話し込むというプロセスを繰り返してたんですが、お互い二人とも前向きで素直で理解が早く、その進行がまたものすごい勢いで進むんですよね。それで、今年しょっぱなに初めて得た「私が世界を愛しているだけではなく、世界も私を愛していたのだ!」という気づきにつながる、今年第二の気づき「不理解しかなかった世界は、過去のものとなった。私は自分のメッセージをそのまま発信してもいいのだ」が、気づいたらいつのまにか、私の新しい基礎土台として完全に定着してくれたのです。
まだ完全には慣れていないかもですが、気になりません。完全に違う世界に到着して、もうその冒険は始まったのです。

過去に囚われていた自分。昔あったことを許せずにいた自分。前にあったことがまた起こるのではないかと怯える自分。
そういう一つ一つの自分と、今月は自然と正面から向き合って、そうだよね怖いよね、許すのとかまぁ無理だよね、またあったら嫌だもんね。と淡々と優しく受け止めていたら、いつのまにか「あ、でも毎日自分って新しくなるんだから、昨日までのこと忘れてても全然不思議じゃないんだな」って自然と思うように、なっていたのです。
過去を押し流していく新しい「今」というものに、自然に身をまかせるようになったら、なんだ、それだったのか。って。

なので、過去にあったことを忘れるとかなかったことにするとか何も感じないんじゃなくて、それはそれだし、今日の私は今日の私であって、別物でしょう。というごく自然な認識にチェンジしただけ。
で気づいてみればそれが「今この瞬間」を尊び、喜び合い、「生きる」ということだった…んですね。
いやもう、今となってはこれ以外の生き方、考えらんないわ。これでいきます。いや、よかった。多分人生初だよ。こんなに、流れることを自分に許可したのは。ようし、毎日許すよ!がんばる!


まぁそんなわけで、これからはもともとの素の私のとおり、立派なアホとして生きていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
なんと明日から母が一週間だけ、お友達を連れて来てくれるんで、ちょっと皆で遊んでからまた9月から元気にやっていきますんで✊みんなも夏休みのしゅくだい、終わったかな?💮
どうぞお元気で残りの8月を!

では🖐また〜♪

VS罪悪感

2017.04.25 22:22|for my Spirit
自己改革レポート編つづき。でーす
今更ですが、最近はカードの話もろくに出てこないカードブログですいませんなんですけども、カードは占い道具で終らせるものじゃないという私の生き方に基づき、カードやスピリチュアルを通すことの実体験を書くのも、自分のひとつの役割かなと勝手に思ってますので、自分の体験の話が続いていますが、興味のある方はお付き合いください。


歯の痛みが相変わらずすごくて、ここ三週間ばかり、少しリラックスした瞬間や就寝前など、神経が緩んだ瞬間に右側の歯というか顎ごとというか、がすごい神経痛に襲われて、痛くて痛くて涙がでるほど痛くて。
虫歯じゃないんですよ。。虫歯の時の痛み方じゃないので。というのを前の記事でもちょっと書きましたが、とにかくこの痛みに悩まされてました。というか、完治はしてないのでまだ現在進行形です。

あまりにも痛いので、バイブルである『ライフヒーリング』を開いてみたら、
ありとあらゆる痛みは罪悪感に起因する
と書かれていました。
罪には罰がつきもの、罰せられると痛むもの。慢性的な痛みの場合、その原因は多くの場合奥底に埋もれたまま忘れられているが、罪悪感というものはまったく必要ないものだから、身を任せて開放すること、自分が刑務所から出ることだ、と書いてありました。はい、私の得意技、刑務所入りが、ここで出ていたわけですよ。
一方、かれこれ2年半ほど続いている左足首の皮膚の炎症問題も最近悪化していました。皮膚はといえば「何らかの形で個性が脅かされているように感じるから」「外から威圧されているように感じている」とあり、治す一番の近道は「自分の存在を認める」と心のなかで言いながら自分を高めること、と書かれていました。自分を変える力を取り戻せ、と。

これを読んでから夜ベッドに入ると、またあの激しい痛みが襲ってきました。
そしてさっき読んだ言葉を思い出しました。
罪悪感?
未だに?
私が何を悪いことをしたっていうの?
未熟なところがあり、間違いだって冒すかもしれないけど、間違いがなければ人間は学習できず、良くもなれない。それをいちいち罪悪感なんか溜め込んで縮こまったって何にもならないってこれだけ分かっていて、それでもまだ罪悪感をわたしは持っているの!?こんな激痛とまで引き換えに!?
と思ったら、なんかもう、猛烈にムカついてきました。自分に!!
いやもうマジで、いい加減にして!!!!と。
もう充分苦しんだでしょ。苦しみはもう要らない、そうじゃないものを得なくては駄目だ、と切実に感じている今、これが体の症状として浮上してきたのは当然なのかもしれません。
それでもうとにかく、痛みをご丁寧に抱え込んでる自分に対してめちゃくちゃムカついて、自分に向かって思いっきり宣言しました。
『私はなんっにも悪いことなんかしていない!!今まで自分自身の真実に基づいて精一杯生きてきたし、これからもそうしていく!私の中には罪悪感なんか存在しません!私は悪いことなんか何一つしていない!!!!!!』と。
その瞬間、激痛が、スッ。と引きました。
でも、体さんが毒出ししてくれてる反応です。溜め込まれた罪悪感はすぐ出てきます。ややするとまた出て来る激痛。
その度に
「わたしの中に罪悪感など金輪際存在しない!私は何も悪いことなどしていない!!今までもこれからも精一杯生きてる!!!!」と激痛のさなか、心のなかで叫んでは、痛みが引いて、また襲ってきて…を何度か繰り返しました。同時にラファエルさんにも手伝ってもらいました。
罪悪感が消えても痛みや皮膚のかゆみがあったので、今度は「私は自分の存在を認めます」と言い聞かせました。
私はわたしという存在全てを認可します、許可します、許し、認めます、と言い聞かせ続けました。

このコンビネーションが必要なようです。
この後、久しぶりに朝まで痛みで目覚めることなく眠れました。


翌日、日中も痛みが時折襲ってくるのが日常になりつつあったのが、わずかな違和感以外は襲ってきませんでした。
が、やはり就寝時です。痛い。激痛。ギリギリと歯茎を絞られるかのような激痛。
またか、性懲りもなく!まだ罪悪感とやらを抱えこみやがったか!いいだろう、日中にも罪悪感が発生するってんなら、毎晩毎晩徹底的に、とことんまで消し去ってやる!!
と、もう癒しなんだか説教なんだか分からないレベルで(笑)
猛烈にやりました。
私は、自分を認めるってことがすごく難しいんです。妥協できないし、自分に高いレベルを求めるし、そこそことかまあまあとかならやらない方がマシって思ってしまう。一生そうだと思います。
だけど、芸術上の表現物に対してそうなのはいいんですが、自分という存在自体にはむしろ逆に全肯定をしてやらなくては、この基盤は成り立たない。そのことに、この激痛が気づかせてくれているんだ、と分かったからこそです。
それにしても痛い。まぁ痛い。
その日もまた、徹底的に罪悪感をすべて追放し、自分を認める、と自分に言ってあげるコンビネーションでいきました。
罪悪感とやらを追放した後、今度は自分で自分の肩をぽんぽんとたたき、私は私を認めるわ。と言ってあげると、なんだか自分がすごくかわいい存在なのだ、と感覚で分かることができました。すべての人や動物や生き物や、生きてないものすら、ほんとうに可愛い愛すべき存在なのだと、そこに自分も同じレベルで入れることができました。あれ、すごいや、こんなの初めてやな…と思いながら、いつのまにか眠りに落ち、また翌朝までぐっすり眠れました。


その翌日。日中も痛みは薄めで、痛みの強まる夜もまぁそこそこぐらいのレベル、寝る前も涙の出るような激痛ではなくなりましたが、それでも痛いものは痛いので、2つのステップを繰り返しました。
明かりを消して、自分の肩や喉元あたりをポンポンしてると、指先から自己の存在が伝わってきて、ぬいぐるみを抱えてる時のように「かわいい〜☆」という声が出ます。なんでしょう、この現象。(笑)すんごいです!自分を抱きしめるとかより全然効果あると思います。犬や猫を撫でてるときと同等のかわいさですよ。エンジェルカード2のYVONNEですよ!
なんか、言葉の外にある幸せとか、生きてるって素晴らしい、みたいな感覚がわーっと伝わってきて全身に広がるので、寝づらいことがなくなりました。寝付けない時って興奮とか不安とかじゃないですか。あれの逆の状態…。
これまた、すとんと寝ることができました。


この取り組み、実はまだ三日目です。。!
しかし、三週間毎日、日中も就寝前も就寝中も悩まされた激痛が、ここまで引いてきたのは、確かな効果を感じています。
これはしばらく続けないといけません。もちろん、この痛みには可及的速やかに出ていっていただく所存です。痛みなんか要らない!と宣言し続けます。

ちなみに年間リーディングにおける今年の私の最大のテーマは「許し」です。今まで自分に本当には許可できなかった、成功や喜びを受け取ること、罪悪感の全てを根底から手放すこと、過去でなく未来に向かって進むことなど、全てにおいてこれがテーマになる一年だと感じていますが、「自己の存在まるごとを認める」「一生懸命生きた結果の過ちや罪悪感、疑いなどは全て洗い流し許す作業を毎晩行う」は日課として行いたいと思います。

もうこうなると理屈じゃないんだよね。しみじみ。
もうさ、そろそろ、楽しく生きたいんだよね。。。やってらんないんだ、もう。ほんと。

楽しく生きたい。。生きる!

体調を崩していた間に感じたこと。

2017.03.27 13:39|for my Spirit
・人生を生きれば生きるほど、人と人との人生を比べることなど決してできやしないのだ、ということが身にしみてくる。
結婚しているしていない、子供がいるいない、お金がたくさんある全然ない、地位があるない、五体満足かそうでないか、頑丈か病気がちか、長身か背が低いか、デブかガリか、そんなもので人生を決められるはずがない。
どのような職でもどのような立場でもどのような環境でも人生でも、難点や後悔や苦しみがあり、満たされない思いもあれば、どのような環境でも人生でも、たのしみや喜び、魂の底から感じられる満足がある。
何を基準にするのか、それは唯一、「その人がその人自身の人生を生き抜く」という基盤においてのみ

・自身の人生を精一杯生き抜こうとすれば、人と比べる必要もなく、すべての違いも尊重するしかないのだと分かるし、それを頭ではなく心で受け止め受け入れようとするならば、それはその人となる。
他人のも自分自身のも、人としての未熟も成熟も受け入れ、正義も悪も実際にはないと理解し、かつ、自分が関わるべきものとそうでないものには線を引いてよいという行動をしていればいい。人間には限りがあり限界があるが、それは祝福なのだから。人間にもし限りが全くないのなら、神にでもなるしかないが、人間は神ではない。同じように、自分は他の人には絶対になることができないし、同じく他の人が自分になることは絶対にできない。りんごはみかんにはなれないし、なる必要など何処にもない。それを「同じ人間だから」という幻影に惑わされ他人との比較をいつまでも続けていれば、いつまで経っても、何十年生きようとも、不満と不安と幻影しか見えていない人生になる。それはとても残念で、不快でもある

・ならば生き抜こう。
不安と恐怖は、他人に比べて自分が劣っているからではない。自分自身という全てを受け止めきり、そこに満足しきるまで味わい尽くしてやろうという気概が足りないだけだ。人間にできないのなら、神と天使の力を頼るがいい。心を開くということはいつだって難問だ。だが、本気で祈ればいい。自分自身を楽しみ生きる覚悟をください、いつ何時でもそこからブレないようにわたしを変えてくださいと。
その祈りを聞かない神がいるだろうか。いるわけがない。神の望みを、あなたが完全に理解したのだから。



お前自身の立つべき足元を、お前自身のエゴから奪回せよ。


 

Mystiqueの背中

2017.03.09 01:13|for my Spirit
IMG_4625.jpg


ちょっと前にオラクルカード自主練部ミーティングでも登場した、自分に近いと思う一枚。
私は、これなんです。Mystique。エンジェルカード2の中の一枚です。
初めて買ったオラクルカードの中の、暗闇から抜け出そうとしている、光り輝く黒くて銀色のユニコーンは
買ったばかりの何も分からない時から、今現在に至るまで、常に、いつも、まるで私自身を描いたかのように感じます。
とても美しくて好きであると同時に、これは私だ、と思い知らされる思いがするのです。

今年の冬は厳しくて、春になるにあたり、ひどく体調を崩してしまいました。
苦しんだ先週から少しはマシになった今週、油断してちょっと動きすぎたら指を切ってまた痛くて凹んでおりましたが(何してるんだ…)
最近ずっと出てるカードたちからふと、このカードの映像が、ふわ、と立ち上がってきて、あぁ、そうだったんだ。と思いました。
体や心の類まれなる繊細さに、自分自身振り回されてきましたが、自己否定は体調不良を悪化させるだけでした。
それから考え方をすっかり変えようと思ってから、もう、10年近くが経とうとしています。
今それでもまだ、こうして体の不調など思うようにいかないことがあるとすぐ、ひどく落ち込みかけては、違うそうじゃない、それは私自身の罠だ。もう落ちないぞ。と言い聞かせて、先週を過ごしました。
そして、これを見て、あぁ、そうなのだ。と思いました。

私は私が魂の中に背負ってきた全ての闇から、自分をすっかり救い出すために、生まれてきたのかもしれません。
このユニコーンの背中に乗って、振り切っても振り切っても追ってくるかのような、美しくも苦しい闇の世界から、
わたしは今も必死で背中にしがみつき、抜け出そうとしています。
その先に見えるきらめきを信じて。
今目の前にいるユニコーンのきらめきを信じて。
自分の中にもある、そのきらめきを信じて。

闇の中を走りながら、私は闇の中に過去の幻影を見、そこから逃げるのではなくて、それを置き去りにするために走っている。
さようなら。私の過去の幻影。私はあなたを置き去りにする。愛と思い出はなくならない、だが苦しみと痛みは必要ないと知った。だから、痛みの幻影を振り切る。

曲げない。折れない。投げ出さない。
私は成し遂げてみせる。

おのれはどこに属するものぞ

2016.09.04 23:45|for my Spirit



少し上の段階の人とのリンクで
「あなたはどこに属している人でしょうか?」という問いかけが
今週、ありました。

属するといっても、既存の団体のことではないと思いました。
自分のことを「このぐらいの人間だ」と評価している、その見積りが既に正しくないのだろう、と指摘してきているカードのように見えました。
私自身も、おのれの見積もりを散々誤ってきた、というかものすごい勢いで過小評価し続けてきた人間で、つい最近まで自分の魂の底からの夢の優先順位すら下にランクされていたので、そういったことを含めてですが
それは、ひいては
自分自身が属する「領域」は、お前が思ってるとおりじゃないんじゃないの。
という問いかけだ、という感じがしました。

ウィズダムオラクルのThe Tribeというカード。私のウィークリーの「現在の学び」に出たカード。
その人のスプレッドにも入っていたのを、ふと思い出しました。
素晴らしい実力を持ちながら、自分は小さな地域で満足しようとしていたけれど、本当にいま出てこようとしているあなたの本当の夢や、本当にあなたが属している場所は、そこではないのではないか。
そんなある意味残酷にも思えることを、美しいオラクルカードは、つ、と目の前に指し示してきました。

本当の実力者ほど気取らない。その素晴らしさもあるのですが
自分が属する領域を見誤らず過小評価せず、真正面から把握することは、時にはもっと難しいことかもしれません。
だけど
それもまた魂の学びなのかなと
少なくとも今はそうなのかなと。
素晴らしい方々と交流させていただきながら、ふと振り返る、この一枚からの問いかけ。


| 2018.11 |
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
Profile

Yukiko (WHR)

Author:Yukiko (WHR)
誠心リーディングの会(WHR)をやっていますYukikoです。
オラクルカードに関するあらゆること - リーディングセッション、オラクルカードを使いこなすための講座、オラクルxライフコーチング、オンライン勉強会(WHR Membership)、エーテリアルクリスタルヒーリング等を提供しています。2018年6月よりスピリチュアル職の自立した横のつながりを目的とするWHR職業人会を立ち上げました。
本職は絵描き(ウェブ) 、チェコ在住。

Category

Resent Entries

Link

Twitter

Search

RSS

Archive

ページトップへ