去年までの目標/今年も続行の目標

2018.02.18 21:51|気づき
4年前頃からなんとなく、新年に「書き初め」をしていました。
その年に何を目標にするか、というのがむらむらっと湧いてくるのを文字にして、寝室の壁に貼っておき、いつもなんとなく見返して気合を入れ直したり、そうだなぁ〜と思ったり。
また、目標以外にも「標語」を書いて壁に貼っといて、そのことに気をつけながら日々を過ごしたりっていうのもあって、その標語も、すっかり終わったなと思ったら剥がし、まだこのクセ残ってるなーと思ったら貼ったままにしてありました。

2017年に過去の自分がサヨウナラしたことはなんとなく前までの記事に書いたと思うんですが、本当にすっかり変わりまして、ずっと貼ってあった自分の悪い癖を正す標語は今、まったく必要なくなりました。クリアしたのです。
最後まで残っていた二つが、こちらでした。

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「思いっきり絵を描く」は、どうせ描くならもう思いっきり全部振り切ってどかーんと描け!みたいなこと。
イラストレーション勉強中にたくさんつけてた足枷を外すのに、丸2年以上かかりました。その創造性の足枷を取り外すために、この言葉が必要でした。自分の創造性を100%出せるようにとにかくありとあらゆる足枷を取り外す精神的努力をしたおかげで、絵を思いっきり描かないで一体何を?というところまで完全に戻せたので、お役御免です。
「未来を勝手に決めつけない。」は、どうしても過去いままでの自分に起きた出来事などをベースに悲観的に考えたり自分の将来を限定してしまう思考のクセがあることに気づき、それで気分が盛り下がってしまうことにも気づいたので、とにかく「未来はいい意味で自分の思い通りにならない、だから大丈夫なんだ!」と言い聞かせるために貼ってありました。実際、すべての出来事は私なんかが想像していた可能性のはるか上をドビューーーーーン!!!!と飛び越えていって、毎回、うおおああああすげー!!!!て言いながらのこの期間だったので、これを見るたびに、悲観しても意味がない、これから未来は変わるんだから!と言い聞かせ。そして実際に本当にそうなっていきましたので、もう壁に貼っておく必要はなくなりました。身につきましたね。

いやぁ、長かったけどお世話になった、最後の二つ。
ちょっと感慨深かったですが、えいやと剥がしてさっさと捨てました。ハハッ( ´ ∀ ` )そんなもんさ


そして、これは去年のお正月書き初めでしたが、これは今年もいい意味で続行です。

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友達に借りた仏教の本に載っていた語句で、相手とお互いに心を開き、腹を割ってありのままに話し合い、感じた気持ちに素直に動いていくことが肝心だ、みたいな意味だったかなと思います。「禅ビジネス」という本に出てきた言葉で、このようにしていけば、勝ち負けではない良い関係ができあがっていくのです、と締めくくられていて、私もそう思ったし、そのようにしていこう!と決意したのが2017年の頭。
まさに今、そのような環境になることができたのですが、このマインドをきちんと保って素直に動いてゆきたいので、今年は新たに書かずに続行ということにしました。


余談ですが、この「勝ち負けではない良い関係」とは、私がビジネスや生き方、あり方、全てのクオリティーに求めるものなんです。で、それが当然であり、自然なものだと信じているからです。
ところがまぁ周りを見渡してみれば、何もかも勝ち負けでしか判断できない人や、何もないのに喧嘩腰の人、いくらでもいますよね。マウンティングを取り合う友人関係とか…。いやそれ友人じゃなくね?と思うんですが、本当に多い。かくいう私もごく身内にずっといましたので、まぁ身近にいましたね、常にそういう、嫌悪する人が。
なんですけど私はなにしろ筋金入りのお人好しであり、さらに基本的にはバイタリティーがある人が好きなもので、「そういうガツガツしたのも必要なのかなぁ、私にはないなぁ」程度にしか思っていなかったのですが、ここ数年、自然とそういうものに吐き気を催すようになりまして、まぁ、距離を取るようになりまして。
そうしたら自然と、愛と本気と実力で動く、落ち着いた人たちにどんどん出会ったり再会したりすることができ、私が信頼する人たちは彼らとはまったく一線を画していることも理解でき、マウンティング族が全く自分に合わないということがつくづくよく分かりました。あとバイタリティーと、ガツガツの対抗心を燃やすしかできない人間とは全く別だということもよく…分かり…。。なんとなくで受け入れちゃってたんだけどよく考えたら全く別の人種やんけ!てなりました、はい。
そしてそれでも恐ろしいほどのお人好しなもので、会わなくなった友達にちょっと罪悪感を抱いたりしていたものなんですが、つい昨日、やはり「自分」という存在自体を心地よいものとして存在する、ときちんと意識ができている、価値観の合う友達と久々に会って、マウンティングを取りたがる共通の友人たちへの違和感や不信感の元となった出来事を話し合っていたら、あ、なるほど。てなったんです。
彼らを人間だと思っていたから違和感があったんだ。
そう。彼らは
マウンテンゴリラならぬ、マウンティングゴリラ。
そう、ゴリラだったんだ、と。

なんかこの結論に達したらとにかくどえらく納得していまい、全く躊躇なく過去の清算をすることができました。気持ちの上でも、データの上でも、全て掃除ついでにザザザーッと消去して捨てて、ハァーーースッキリ✨
私に関係のない種族の人たちだったって分かっただけで、このスッキリ具合。理屈では分かっていても、ハートではどこかまだ、自分の感性が正しいかどうか確信が持てなかったのだと思います。
が、同じ感性を持つオープンハートの友達がまったく同じことを言ったり、追体験か?というほどの同じ酷い体験をしたのを聞いたことで、あっ、私、正しかったんだ……。そういうことか……って、ハートでも理解できました。
自分が心から信頼し尊敬できる「同族」の友達を見て我が身を振り返ってみたら、あれ、私も同じか!ってなる体験を元に、完全に機能不全だった自己愛と自尊心の機能がやっと修復されたという気がします。これ長かったんですよ、多分6歳以降ぐらいから徐々に破綻し、16歳ですでにほぼ崩壊してたんで…。長かった〜。(この話は気が向いたらまた別で書きます)

ハァ〜〜〜〜〜〜〜めでたし、めでたし。✨( ´ ∀ ` )✨
マジでめちゃくちゃスッキリしました……。

また更新します!
🌙

全体主義と個人主義、相対評価と絶対評価

2018.02.12 22:22|オラクルカード哲学
全体主義、個人主義、相対評価、絶対評価。この4つの概念は、当然ながら全てバラバラの個々の概念です。
しかし、人は無意識のうちに、これらをごっちゃにして暮らしています。
このごっちゃごちゃが、例えばオラクルカードのメッセージに触れた時などに、「???」となったり、誤解の元となることが多いですが、ここは健全に正確に捉えなくてはなりません。

ヨーロッパに引っ越して6年目。
今明確に分かったアジア人とヨーロッパ人の根本的な違いは、全体主義社会であることと、個人主義社会であることです。
主義といっても、もう人間自体のエネルギーがそうなっているので、変更のしようがないんです。

日本〜東南アジアぐらいまでの人間には、最初から「全ては一体のものである」という感覚が備わっています。個人個人が明確にはっきりと分離しておらず、ごちゃっとして、エネルギーが容易に混ざりやすいのです。その分違和感が少なく、馴染みやすかったり、上下とか善悪とかの概念すらも、一つの「大いなるもの」の中に含まれるものである、といった感覚があります。(これは宗教や哲学ではなく、「肌感覚」としてDNA自体が持っているものの話です)
ですから社会は当然、そうした形成をします。多くの人数がせせこましい地域にひしめいて暮らしていられるのはそのせいでもあります。気候が比較的温暖で暮らしやすいので人が増え、譲り合っていった結果そうなったとも言えますし、体格も小柄でマイルド、エネルギーもそうです。そして「渾然一体」の感覚が常にどこかにあります。
こうした社会の中では、「個人性」を強く保つことは意外に難しいこととなります。どこかで必然的に、個人を犠牲にするのが当然、全体でなんとなく意思を決めようその方が全体の幸せにつながるだろう、といった方向に行きます。その方が安心でき、動きやすいからです。

かたや、ヨーロッパ。個人主義とは何ぞや、という話ですが、まず「個人個人が完璧に絶対的に違う個体である」ということを、全員が承知しています。エネルギーはまったく混ざりにくく、ちょっとやそっと接触したぐらいではエネルギーがごっちゃになることがないので、スキンシップが激しいのはおそらくそのためです。個人個人を隔てる防御壁が生まれつき厚いので、逆に言えば個人個人の精神的安全は保たれやすく、何をしようが全てその個人の責任となるため、「赤信号を皆で渡れば怖くない」という発想は非常に生まれにくいです。(地域差や政治的バックグラウンドでも詳細は変わってきますが、基本的にという話です。また、いざ大人数での動きとなると、突然アジア人以上に結集して戦に向かう面もあります。)基本的には、赤信号を渡るリスクを背負うかどうかの判断能力や解決能力は全てその人個人によるものなので、常に「自分にとって、これはどうであるか」という認識があります。0と1は全く違う存在です。白と黒はグレーになりません。わかると分からないが存在し、その中間の存在はかなり曖昧です。曖昧なら曖昧で「曖昧である」という状態がはっきりしてる、といった具合です。


私は基本的に生まれた時から個人主義で、他人からの評価よりは自分がどう思うかの方が大事でしたし、他人の意見は聞くけれど参考意見であって自分のではない、という、わりとはっきりした人間でした。なので、ヨーロッパに来てからの方が正直、落ち着いています。普通に自分が自分でいられる、という感じです。
ですが、そんな私が日本で生まれ育ったことが大事で、そんな私が日本人であることが肝要だとも強く感じています。そうでなければならなかったとすら思います。本当にこの運命には感謝しています。
なぜなら、両方を知った上で、このことを言えるからです。

日本が全体主義であることは、素敵なことです。(日本がというよりアジア全般ですが)
そして、全体主義であることと、個人主義を成立させることは本来、矛盾しないはずなのです。
なぜなら、個人が一個人としての自覚をしっかり持ち、自分の人生は自分のものだと理解して生き、選択し、生命を輝かせて生きることと、お互いの違いを思いやり、現在とる方向性は今のベストの妥協案でいく、という全体主義の動かし方は平和を生みますし、この二つは普通に両立可能なはずなのです。
今の日本人の状態にちょっと疑問を抱くのは、このベースがガタガタになっているこの時代だからこそ、です。
全体主義の名の下に、突然理想論を語り出したり、かといって「個」というものがあまりにも全体主義で語られる「社会」と切り離されすぎていて、その位置関係の健全な認識すら不可能なまま暮らしている人が多い気がします。全体主義であることを相対評価として「世間様が許さないから」と言ったり、人間が下すのなんてたいていの場合は完全な個人の思い込み、いわば絶対評価であるにも関わらず(つまり健全な相対評価を下せる人の絶対数が未だ少ない)、それを「社会はこうだから」とまるで代弁者のように振舞ったり、それを真に受けたりすることの繰り返しがなくならないのです。言う側も言われる側も、同じ誤解をしたままだから、ごっちゃになるのです。
こうして基本的に、あなたはあなただものね、と許容する素地が少ないのです。
これは相当なストレスです。一人ひとりが違うことを、これでは逆に受け入れることができません。ですから、自分が人と違うと感じたとき、それをプラスに受け取ることが難しい繊細な人が必ずいるのは、当たり前のことなのです。その人がネガティブだからではありません。なんでも都合よく受け取れる人のようには無神経になれない、というだけなのです。


詭弁を弄する人間に騙されないでください。彼らは自己弁護をしているだけです。
健全な社会は作れます。個人主義と全体主義は必ず両立できます。もしそれができたとき、それはとてつもないアドバンテージになります。
全体主義は、肌感覚です。逆に言えば、それを生まれ持っているアジア人の私たちの幸福感がそこへ到達するのは、ヨーロッパの人たちよりも容易かもしれないのです。(これは海外の瞑想CDなどを聞いていると比較的よく聞くフレーズでもあります)
今こそ、個人主義であることと、個を成立させるが故に真の全体主義の実行が可能であることを理解するべき時代が来たと思います。
オラクルカードに触れている人は、そこのスイッチをポチッと押されたようなものです。
あなたにとって、それはどうなのか。
他人にとってではなく、自分はどう思っているのか。
自分はどうしたいのか。
その上で、それをしたら、周囲の人たちへの祝福にもなり得るのか否か。
やりたいと思ったら、素直にやる。何かを学んだら、また試す。自分の人生を、生きてください。
その過程で常に、カードなどを活用し、天使や自分のハイアーセルフを交えての「自分内三者面談」を続けて、それを確立しようとしてみてください。
偽の全体主義から一度解き放たれたら、ずいぶんと楽になります。
人生は自分が選択して変えていけると知るだけで、周囲にあった全ての偽物のメッキが剥がれ、一切の価値を感じなくなります。
それまで、マイナスのエネルギーのコードをカットし続け、浄化をし、自らを知り、自らを旅するのです。
生きることの本物の価値を感じるために、オラクルカードは使えるのです。


今年もよろしくお願いしまーす。( ´ ∀ ` )(急に緩くなる)

🌙

ガスボイラーと私

2018.02.08 21:38|日記。
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ガス修理屋さんがくる前日のゆきこさんの固い決意をご覧ください。(無事入れました)



先月末にチェコに戻ってから1週間後、またしてもガスボイラーが壊れました。
もう、笑ってしまった。。
9月にひどい目にあったのでもはや動じることもなく、淡々と進めましたが、9月の苦難があったおかげで良い業者さんも見つけることができていたのでまた彼に来てもらったら、なんと9月に故障して取り替えた部品がまた壊れているとのこと。
保証期間内なので無償で新しいものを取り付けるといって、その二日後にやっとまた新しいものがついて、再びボイラーは動くようになり、真冬に暖房なしで放り出されることもなくなんとかなりました。

で、直った後、なんでボイラーまた壊れたんだろ。と考えてました。自分と外界とは常に何らかの理由でリンクするからです。
何に同調したんだろ。何がボイラーをそうさせたのだろうなと。
(自分が全部の理由だとはもちろん考えていませんが、何かしらの学びがあるだろうと考える、いつものやつです。)
うちのボイラーは、設置してから8年目。去年4月に大規模に水漏れが起こり、中身をほとんど総入れ替えしました。なので、ほぼ新品と言えるような状態でした。しかし半年後の9月にメインコンピュータのような箇所が故障した。そこを取り替えた、それがまた壊れたのです。全体の調律がうまくいっていない、まだ新しい体に馴染んでいない…。外側は今までと一緒だけれど、中身はまったく新しくなった自分自身に、機械の動きがちょっとまだうまくついていけてない。けれど、そこさえ直れば他はまったく問題ない……。という感じなのかな…と、
そこまで考えて、ハッと「え、今の私自身じゃん」と気付きました。そして笑いました。。

何かで書いた気がしますが、2017年は私にとって「明るい地獄」でした。
地獄の原因が分かっているので、今は耐えるしかないと分かっていました。耐える時間は楽ではありませんでしたし、どうしてこんな目に?と思うことだってあったけれど、根本的には全ては快方にしか向かっておらず、全ては根治へと向かっていると、すべての経験が物語っていたので、私は笑っていられました。だから「明るい地獄」だったのです。
そしてそれは今思えば、外見ややっていること、仕事内容などの「外殻」はすべて同じなまま、中味の方向性が今までの生き方や捉え方からは完全に180度真逆の方向、つまり、完全に「前」を向いた生き方へと変更したということだったのです。
過去の迷いや未練などを振り切らなければ前に進めないと、去年の全ては示しており、私は喜んで過去を捨てると宣言し、その通りに一歩ずつ前へと歩み続けました。そして2018年はしょっぱなから、素晴らしい機会に恵まれました。私はこれまで苦難や苦労という数多の経験のおかげで、センサーが磨かれ、何をすべきか、何を誰にどう伝えるべきか、もう間違えることはあまりないだろうと分かりました。それを喜びを持って、かつ淡々と実行し続けていっているのが今です。
それは、自己否定や自分への疑念を捨てない、今までの暮らし方とは全く別のものです。方向性が変わったとかいうのではなく、もはや、全く新しい自分と言ってもよいレベルのものだったのです。同じ部品を、ただ新品に取り替えた。ただし私という存在は変わりません。ですから、中味のほとんどを新品と総とっかえしたガスボイラーと、同じような状態だったのです。

ボイラーの寿命は15年ほどだそうで、このボイラーがどうなるにせよ、次の故障が起きたら買い換える、と大家さんは言っています。それは数年後かもしれないし、早ければ数ヶ月後かもしれない。まだ誰にも分かりません。いずれにせよ、ひとしきりしたらこのボイラーは、過去自分がこうであったことの痕跡も残さずに、人の目には「その部屋のボイラー」というだけの隠れた存在がまったく新しく変わったという状態になるのでしょう。
ボイラーは、人間で言えば…。情熱の泉。愛の涌き出でるところ。動力源。体を動かす熱源。エネルギー。そんなイメージでしょうか。家をめぐる水を暖め、それによってセントラルヒーティングシステムの家の中をあたため、また蛇口から出るお湯を作ります。部屋が暖まれば、寒くて固まっていた体は動きます。全てが命をもち、動くことができます。好きなもの、大切な気持ち、インスピレーション、己を突き動かすものを知りそれに素直に動くこと。ご飯を食べるのもお風呂に入るのも仕事をするのも友達に会うのも、全部同じ原理です。理性や計算は、この足元にも及びません。…私の持論ですが!

今、自分の人生もそのような状態です。
愛が私の血を暖め、与えられた学びは花となって開き始めました。
不思議な気持ちです。
ボイラーの行く末と、私の成り行きを引き続き見守りたいと思います。:-)

愛を受け入れるの話。

2018.02.05 22:23|気づき
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チェコで、親友の実家の近くの道端に咲いていた花。きれいだなー。。


とにかくネタが溜まりすぎてるので、ちょこちょこ小話的に更新していきます。

奇妙な話かもなんですが、けっこう「愛を受け入れる」が苦手な人、多いですよね?私もそうだったんですよ。でも、愛を受け入れるってそもそも何???ってなるじゃないですか。まぁ、自然にできてないな、ってことぐらいは、自分でもわかるんですけど、それ以上はよく分からんという感じ。

で、詳しくは省くのですが、今回の日本滞在では懐かしい人や大好きな親友たちと何度も会えて、とにかく、なんだろうな。突然、「この人たちは、私のことを愛してるんだ」って気づいたんですよ。そしたら、え、すごい!!!!!ってなったんですよね…。「え、すごいじゃん、わたしすごい愛されている!すごいや!!!」てなりまして。
なんかそしたら、すごく安らいだし、落ち着いたし、あ、私、ここにいてよくて、生きててよくて、私のやりたいことをやっていてもいいんだ、って。突然、感覚で理解できたんです。

で、「あ、これが愛を受け入れるっていうことなんだ…」って、感じたんですよ。つくづくとしみじみと。じんわりと。
なんか、すごくいい気持ちでしてね…。なんだろう…。包まれてる感じがいつまでも消えないっていうか。いろんな人の愛情に満ちた笑顔がいつでも脳裏に浮かんで、普通にすごく元気が出て。励まされるんです。
「ああ、私って愛されてるんだ…!」って感じるだけで、ちゃんと受け取ることができるんですよね。

今までは、私はこの人たちを愛しているけれども、もしこの人たちが私を愛していなくても構わないというか、この人たちが私を愛しているかどうかはどうでもいい、ぐらいに思っていたんですよ、すごく極端に言うと。
裏切られたら怖いからとか、離別したら怖いからとか、多分そういう理由なんですけど。
愛してるんだよって示されても、ああどうもありがとう、嬉しいですねぇ、って他人事みたいな感じで。
私からの愛は注ぎたいけど、注がれる愛に関してはなんというかこう、表面だけ受け取ってあとは捨てる、ぐらいの。なんかちょっとそういうとこあったんですよ。フルでハートの奥までそれを受け取っていなかった。入ってくることを許していなかったんですよね。
でも、入ってきていいよっていうか、私も入るからお前も入ってこい!っていう感じに今回なったんです。これはライブをやったから、相方とそういう心持ちでいないとだなぁと思って、ちょっと意図的に今までのリミットを外したってのもあったんですけど。しかし結果的に、なんか全身全霊で愛を感じるという、なんというかもう、ちょっと気恥ずかしいぐらいなのですが、うおおお………!という感覚になりました。

今年のテーマは「愛」ですね…。この愛の循環を絶やさず、送りこみ受け入れ、回していきたいなと思うのです。

そして先週末、私の愛するチェコの親友夫婦の家に仕事で泊まりに行きまして、その時に久々に会ったら旦那の方が「ユキコ、何かあった?何か違う気がする、何か変化があったんじゃないか」っていうから、うむさすがですな、実は自分が愛されていることに人生で初めて気がついてさ、だから今全然感覚が違うし、すごく落ち着いて安らいでいられてるんだって話しをしたら、
「そうか、その通りだ、それはつまり、自分は周りの人たちの一部分であると気がつくっていうことなんだ。ようこそこちら側へ」って言われて、あぁ、さすがこの人だなぁ…ってまた改めてこの友達を尊敬しました。。
きっと今までは、自分は一人だって信じ込もうとしてたっていうか、んん、、なんだろな?まぁそれも必要なプロセスだったんだと思うんですけど。
でも今、全く感覚が違うんです。あぁ、一部でいいんだ、足りなくていいんだって理解できるし、そうなったら必ず誰かが助けてくれるという、何か確信がある。それは自分もそうだから。自分も、周りが困っていたら必ず助けられる。でも、困ってるよって言われないとそれは察することもできない。だから自分も、困った時は困ったって伝えればいい。ただ伝えるだけでいい。
周りへの信頼感。それは、愛のつながりが確かだと、今回本当に毎日ずっと感じていたからだと思いました。

なんか、すごい世界へ来てしまった。明らかに世界が変わりました、自分的に。
私にとっての2018年は、こんな具合に始まったのでした。
🌙

明けましておめでとうございます!

2018.01.04 19:05|日記。
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あけましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い致します。
私は約5年ぶりの日本の実家でのお正月を過ごし、環境の違いに衝撃を受けつつ、母の手作りおせちフルセットを久々に味わいつつ、順調に体重を増やしつつ(?)、週末の本業の方でのパフォーマンスイベントに向けてごりごり内面を練っておるところです。

年明けから、来週のイベントのご連絡の方もしたり頂いたりしてまして、いよいよだなという感じです。
金、土とも当初の予定通りの内容で開催が決まりました。お申し込みの方には順次ご案内しております。
まだまだ空席ありますので、ぜひご参加いただけましたら幸いです…!


さてイベントに向けて、私も年間リーディングをしてみました。
ふふ……女神さまで……そして内容この通り。

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ふふっ……!てなる内容なんですが(個人的に)、
そういえば、さっそくDIANAさん出てますね。(笑)
この通りになれるように今年も頑張りたいです。

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つづいてマンスリーも女神さんでしてみた。
いや〜〜〜〜出たね!一年の間でもそうそう出ないでおなじみ、どかーんと変化のKALIさん!(KALIの解説回ってありましたっけ?まだ?)
まあ、そんな予感と実際そんな感じがもうビシビシとしている年始ですよ。未知って感じだよね。なんかもう何も守るもんないから何でも来いや……!てなってます。根が格闘家なので。(久々にあったまりこふがインド占星術してくれて、そう言ってました。笑)

来いやーー!な2018年、今年もみなさんにとって最高の年になりますように!
私ですか!?私はサイコーですよおぉ!!!うおおおお!!!←

というわけで今年も燃えています。よろしくお願いします♪🌙
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Yukiko(WHR)

Author:Yukiko(WHR)
誠心リーディングの会(WHR)を立ち上げ、オラクルカードリーディングセッションやティーチングセッション、オラクルカードリーディング基礎講座、エーテリアルクリスタルヒーリングを提供しています。
本職はイラストレーター&画家(ウェブ)。チェコ在住。

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